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水没車から考えた、災害への備え

港まつりの「ワッショイ函館」から、もう2週間が経ちます。

テレビではUターンラッシュの映像が流れ、夏の終わりを感じさせます。

ただし、暑い。

気温は26度ですから、関東からすればむしろ涼しいのでしょう。しかし、20度前半の日が続いていた函館では、25度を超えて日差しの下に出ると汗ばんできます。

10年前には「お盆を過ぎれば長袖を着る」と言われていた函館ですが、明らかに体感的な暑さは長引く傾向にあるように感じます。

そんな比較的穏やかな天候の函館ですが、熊本に続いて千葉でも大きな自然災害が発生しました。

幸い、ライフラインの損傷は一部地域にとどまっているようですが、水に浸かった住宅や道路の後片付けをする様子は、地震災害の後とよく似ています。

今回、特に目についたのは「放置車両」の問題ではないでしょうか。

大雨によって水没し、動かなくなった車です。

ニュースを見る限り、走行中に水位が上昇して動けなくなったケースと、「これくらいなら行けるだろう」と判断して進入したものの、途中で動かなくなったケースがあるようです。

いずれも結果から見れば、目測や判断の難しさがあったのだと思います。

そもそも一般的な乗用車の最低地上高は10数cm程度です。それを超える水深になれば、車体の下部まで水に浸かることになります。

上から降ってくる雨水は、まだどの程度のものか想像できますが、道路に溜まった水には何が浮いているのか、何が混じっているのかわかりません。

車好きの人間からすれば、車体が汚れることももちろん気になります。

しかし、それ以前に車そのものが動かなくなれば、生活の足を失うことになります。

最終的に何台になるのかわかりませんが、仮に2,000台を超えるような規模になれば、レッカー移動した車両を一体どこに保管するのでしょうか。

そして、水没した車のその後も気になります。

ちょうどお盆休みと重なり、レッカー業者や中古車販売店なども休業していたと思いますが、警察や行政からの要請で、休みを返上して対応されている方もおられるのでしょう。

明日からは多くの方が通常勤務に戻ります。

車がなければ仕事にも行けませんし、道路が水没車で塞がれていれば、日常生活そのものに影響します。

災害は、水が引いたら終わりではないのです。

今回、水没する場所が多かった背景には千葉周辺の地形的な問題もあるようですが、地方都市とは比較にならないほど車の交通量が多いことも、被害を大きくした一因なのかもしれません。

昨今は毎年のように、全国のどこかで大きな自然災害が起きています。

そして、そのたびに「なぜ起こったのか」「何が足りなかったのか」という原因が見つかります。

災害が起こるたびに新しい教訓が生まれる。

テスト勉強をしているのに、毎回「ヤマ」が外れて慌てているようなものです。

しかし、災害についてはヤマを張るわけにはいきません。

人命が確保された後に必要になるのは、最低限の生活を取り戻すことです。

電気、水道、道路、交通などのインフラが復旧し、その次に重要になるのが、私は「医療」というインフラだと思っています。

今回の千葉の災害は、DMATが大規模に活動するような状況ではないと思いますが、地域の医師会や薬剤師会などには、何らかの緊急対応が求められているのではないでしょうか。

医療関係者は、自分自身や家族の安全を心配するだけではなく、同時に地域の災害状況にも大なり小なり気を配っておく必要があります。

先日、SNSの投稿で話題になっていた出来事がありました。

高速バスの乗客がサービスエリアでトイレ休憩をした際、トイレ内で出血し、意識がもうろうとしている人を発見して助けたという話です。

救助に関わった方、救急隊、診療に当たった医師、そして救急対応のために乗客を待ち続けたバスの運転手など、多くの人に対する賛辞が寄せられていました。

そこには「人を助けよう」という普通の人の意識と、「自分の仕事を忠実に遂行する」というプロフェッショナルの意識がありました。

最後に、その方が「日本に生まれて良かった」と書かれていたのが印象に残りました。

大きな災害が起きた時、誰もが救助隊員になれるわけではありません。

しかし、自分の置かれた場所で、自分にできることをする。

それが大切なのだと思います。

我々医療関係者は、特に日頃から「もしもの事態」を想定しておく必要があります。

いつ、どこで、どのような災害が起きるかは誰にもわかりません。

だからこそ、平穏な日常のうちに考えておく。

災害への備えとは、非常食や防災用品を準備することだけではなく、「その時、自分は何ができるのか」を考えておくことなのだと思います。

院長 小西宏明

2026-08-16 21:15:00

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30km/hの意味ー事故と病気を防ぐための数字

遅ればせながら、先日初めて知ったことがあります。

9月1日から、改正道路交通法によって、生活道路など一部の一般道路の法定速度が30km/hに引き下げられるそうです。

住宅街などの道路では、歩行者、特に子どもの飛び出しや自転車などへの注意が必要ですから、そもそも速度だけの問題ではありません。

ところが今回の改正をよく調べてみると、これまで近道や迂回路として使っていたような道路も対象になることがわかりました。

目安になるのは、中央線や車両通行帯などが設けられていない道路です。一方、中央線や車両通行帯が設けられた一般道路などは、従来どおり60km/hの法定速度が維持されます。道路標識で最高速度が指定されている場合は、その速度が優先されます。

栃木に住んでいた頃も、大学周辺を離れると田んぼや畑の農道が随所にありました。

見通しが良く、ほぼ直線の道路なので、日光方面の当直アルバイトに行く際には近道として利用していました。地元の人しかあまり知らない道なので、他府県ナンバーの車が少ないことも良かったのです。

もちろん、そうした道路が今回すべて30km/hになるという意味ではありません。しかし、これまで自分が何気なく利用していた「細いけれど見通しの良い道」の中にも、法定速度30km/hとなる道路があるということは、少し意識しておいた方が良さそうです。

多くのドライバーにとって、長年の運転経験から50km/hという速度感覚はひとつの基準になっていると思います。

30km/hというのは、実際に走ってみると、ほとんど歩いているような錯覚さえ覚えます。

住宅地や商店街ならともかく、見通しの良い道路であれば、ついつい50km/h、場合によっては60km/hくらい出してしまいそうです。

今回の改正で少し怖いと思うのは、仮に30km/hの道路を普段の感覚で60km/hで走ってしまえば、30km/hの速度超過になることです。

速度超過30km/h以上は基礎点数6点で、前歴などがなければ免許停止の対象になります。

栃木も函館も地方都市では、通勤や買い物に自動車は欠かせません。

免許停止は絶対に避けたいところです。

実はこの法改正は2024年に公布され、2年間の準備期間を経て今回正式に施行されます。私は全く知りませんでした。

では、なぜ30km/hなのでしょうか。

それにはきちんと根拠があります。

自動車の速度が上がるほど、事故時の歩行者の被害は大きくなります。警察庁も、衝突時の速度が30km/hを超えると歩行者の致死率が上昇することや、速度が上がるほど制動距離が伸びることを示しています。つまり30km/hという数字は、単なる感覚ではなく、歩行者の生命を守るためのひとつの境目として設定されているわけです。

おそらく生活道路で事故に遭うのは、子どもや高齢者が多いのでしょう。

誰しも事故は起こしたくありませんし、万一事故になっても、せめて重症にならないでほしいと思います。

このように、客観的なデータに基づいて社会の仕組みを改善していくことは望ましいことであり、説得力もあります。

ここまで考えて、急に話が飛びますが、生活習慣病の治療も同じではないかと思いました。

高血圧については、将来の脳卒中や心臓病などを予防するために血圧を管理します。

コレステロールについても、動脈硬化性疾患との関連をもとに治療の適応や目標値が決められています。

糖尿病も同じで、現在の症状を取るためだけではなく、将来起こり得る重大な合併症を防ぐことが治療の大きな目的です。

生活習慣病の多くは、かなり進行するまで自覚症状がありません。

たとえ治療を始めても、本人には何も変わらないことが普通です。

血圧を下げても痛みが取れるわけではありません。

コレステロールを下げても体調が良くなったと感じるわけではありません。

糖尿病をきちんと治療しても、「病気が治った」という実感が得られるわけではありません。

それでも治療を続けるのは、10年後、20年後に起こるかもしれない脳卒中、心筋梗塞、腎障害などを防ぐためです。

そして、うまく治療が功を奏して、結局一生何も起こらなかったとします。

本人からすれば、「治療したから何も起こらなかった」のか、「治療しなくても何も起こらなかった」のかは、分かりません。

ここが予防医療の難しいところです。

人間は痛い目に遭えば反省します。

事故を起こせば安全運転を心掛けます。

病気になれば生活習慣を改めようと思います。

しかし、最初から最後まで何も起こらなければ、その「何も起こらなかったこと」が治療の成果だったとしても、有り難みを感じることは少ないでしょう。

だからこそ、私は「有り難みを感じない治療こそ、良い治療なのかもしれない」と思います。

医師や研究者が目指しているのは、病気になった人を治すことだけではありません。

本当は、病気そのものを起こさせないことです。

交通事故対策も同じです。

30km/hに速度を抑えることで事故が完全になくなるわけではありません。

しかし、事故が起こった時の被害を少しでも小さくする。

そして、できれば重大事故そのものを減らす。

そのために、科学的なデータをもとに社会全体のルールを変えていくわけです。

医療も交通安全も、考え方はよく似ています。

「何となく良さそうだから」ではなく、客観的なデータや根拠をもとに、将来起こるかもしれない悪い結果を少しでも減らしていく。

そのためには、我々自身にも、根拠を理解した上で受け入れる心の「ゆとり」が必要なのだと思います。

事故も病気も、誰も起こしたくありません。

だからこそ、起こってから考えるのではなく、起こらないために今何をするか。

30km/hという数字をきっかけに、そんなことを考えました。

院長 小西宏明

2026-08-15 20:09:00

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クリニック看護師は”何でも屋”

今日からお盆休み明けの通常診療を開始しました。

休み中に入っていた留守番電話の着信履歴を確認すると、予想していた通り、いつもより多くの電話連絡がありました。

昨年9月に看護師1名が退職してから、半年余り2名体制が続きました。少ない人数で診療と手術を回す毎日は、まさに薄氷を踏むような思いでした。

幸い5月から新しい看護師を採用することが出来、ようやく元の3名体制に戻りました。

もともと当院は少数精鋭で外来診療と日帰り手術を行っており、個々の看護師に求められる能力は、一般的なクリニックよりも高いと自負しています。

新しいスタッフも約3か月で、ほぼひと通りの仕事を覚えてくれました。

そして今日、お盆休み明けの電話対応を次々とこなしている姿を見て、改めて「3人に戻って良かった」と実感しました。

当院の特徴のひとつが、電話でのトリアージです。

一般的なクリニックでは、電話に出るのは事務スタッフで、用件を聞いた上で看護師や医師につなぐことが多いと思います。

しかし当院では、看護師が電話に出ます。

完全予約制であることが大きな理由です。

初診や予定外の再診については、電話で症状を確認した上で、受診日時を決めています。

電話の内容から、

1.すぐに診察
2.本日中に診察
3.明日以降、比較的速やかに診察
4.通常の予約順で診察

という4段階に振り分けます。

通常の予約であれば、2週間程度お待ちいただくこともあります。

もちろん、電話だけで診断をするわけではありません。

しかし「今すぐ診察する必要があるのか」「今日中で良いのか」「数日後でも大丈夫なのか」を判断するには、それなりの診療経験が必要です。

特に当院では、血管疾患や下肢のむくみを扱うことが多いため、それらについての知識も欠かせません。

つまり、電話を取ること自体が単なる受付業務ではなく、最初の医療的な入り口になっているわけです。

今回、新しく入ったスタッフがその電話対応を次々とこなしているのを見て、3か月前とはずいぶん違うものだと思いました。

実は昨年、看護師の退職が決まった時点ですぐに次の人員を採用していました。

ところが、実際に仕事をしてもらうと、総合的には当院が求める能力との間にギャップがあり、試用期間中での退職となりました。

病院とクリニックでは、看護師に求められるものが少し違います。

病院では、外来、病棟、手術室など、それぞれの部署で役割が分担されています。

しかし当院のようなクリニックでは、一人の看護師が非常に幅広い仕事を担当しなければなりません。

特に当院では日帰り手術を行っています。

病院であれば、外来看護師、病棟看護師、手術室看護師という少なくとも3つの部署で分担して行う仕事を、クリニックでは一人の看護師が横断的に担当することになります。

診察の介助をし、電話に出て、採血をし、検査を行い、手術の準備をし、手術介助をして、術後の患者さんにも対応する。

さらに、器材の管理や院内のさまざまな業務もあります。

まさに「何でも屋」です。

最初は大変かもしれません。

しかし、逆に言えば、変化に富んだ仕事でもあります。

毎日同じ仕事だけを繰り返すわけではないので、マンネリ化しにくいのではないかと、勝手に考えています。

そういえば、開院したばかりの頃、すでに開業して10年以上になる先生から食事に誘っていただいたことがあります。

函館には縁もゆかりもなかった私に声を掛けてくださったことは、勤務医から開業医へ転身したばかりで戸惑っていた私にとって、本当に有り難いことでした。

その時に言われたことが、今でも印象に残っています。

「先生も10年すると、毎日が同じことの繰り返しになるだろうから、その時どうしたら良いか考えた方が良いですよ。」

確かに10年以上クリニックを続けていると、毎日が同じように見えることがあります。

しかし私は今では、少し違う捉え方をしています。

同じことの繰り返しは、決して悪いことでも、退屈なことでもありません。

むしろ、繰り返すことで仕事の精度が上がり、無駄が減り、品質が高くなっていきます。

外科手術も同じです。

同じ手術を何度も経験することで、手順が身体に染み付き、異常が起きた時にも早く気付くことが出来ます。

看護師の仕事も同じでしょう。

幅広い仕事を経験し、それを何度も繰り返す。

その中で「いつもの状態」を知ることが出来れば、ほんの少しの変化にも気付けるようになります。

それこそが経験の価値なのだと思います。

新しい仕事を覚えることも大切ですが、覚えた仕事をさらに正確に、さらに速く、さらに安全に出来るようにする。

その積み重ねによって、クリニック全体の医療の質も上がっていくはずです。

個人的には、考えることをなおざりにしてしまうと、そこに進歩は生まれないと思っています。

だからこそ、毎日同じように仕事をしていても、「今日は昨日より少し良く出来たか」と考える。

それだけでも仕事は変わっていくのではないでしょうか。

私はどうも、止まっているよりも動いている方が性に合っています。

考えて、動いて、また考える。

まるで、常に泳ぎ続けなければならないマグロのようです。

お盆休みで少し休みましたが、今日からまた通常運転です。

3人の看護師で、それぞれが「何でも屋」として力を発揮しながら、少しずつ仕事の質を上げていく。

そんなクリニックであり続けたいと思っています。

院長 小西宏明

2026-08-14 21:46:00

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2040年、クリニックはどこに立つのか

お盆休みで少し時間が取れることから、先日厚生労働省から示された「地域医療構想策定ガイドライン」について検討してみました。

膨大な量の資料ですが、こういう時に強みを発揮するのがAIです。全体を読み込み、論点を整理しながら考えていくには非常に便利です。

今回のガイドラインは、2040年を見据えて、それぞれの医療機関が今後どのような役割を担っていくのかを考えるためのものです。

現在は高齢者人口が増加し、それに伴って医療を必要とする延べ人数も増えています。しかし2040年頃からは人口減少の影響が強くなり、高齢者人口も、医療を必要とする人の数も減少していくと予測されています。

特に急性期医療の需要は大きく減少することが見込まれています。

つまり、これからの医療は「患者が増えるから医療機関も増やす」という時代ではなく、限られた患者数と医療資源をどのように配分するかを考える時代に入るということです。

まず重要になるのは、自分たちの医療機関が地域の中でどのような役割を担うのかを明確にすることだと思います。

これまでも厚労省は、医療機関の役割を政策によって誘導してきました。その最も強力な手段が、最終的には診療報酬改定という「伝家の宝刀」です。

今回も、おそらく2028年、2032年、2036年といった大きな診療報酬改定の節目ごとに、政策誘導が行われていくのではないでしょうか。

言葉は悪いかもしれませんが、「真綿で首を絞める」ように、必要とされる医療と縮小すべき医療を選別していく。

その結果として、病床の調整、医療機関の統廃合、そしてクリニックの縮小や閉院も進んでいくのだろうと思います。

今回示された医療機関機能は、

1.高齢者救急・地域急性期機能
2.急性期拠点機能
3.在宅医療等連携機能
4.専門等機能
5.医育及び広域診療機能

の5つに整理されています。

クリニックの場合、一般的には3または4が中心になるでしょう。

当院は現在、訪問診療を行っていませんから、外来を中心とした専門性を持つ内科クリニックという位置付けになります。

しかし今回の構想を読んでいて興味深いのは、専門性を持ちながら、高齢者救急や在宅医療にも一定の役割を担うという、複合的な機能が想定されていることです。

これから高齢者が増える地域では、慢性疾患、心不全、呼吸器症状、発熱、脱水、生活習慣病、病院での治療後の管理、そして再増悪の予防など、病院と在宅の間をつなぐ外来医療の重要性が高まります。

高齢者は複数の疾患を抱えていることが多く、ちょっとした感染や脱水などをきっかけに、一気に体調を崩すこともあります。

だからといって、内科クリニックが「何でも屋」になれば良いという話ではありません。

当院の場合であれば、

「高齢者の循環器・内科領域を中心に、病院と在宅をつなぐ専門外来」

という方向性が見えてきます。

特に当院は、この地区では初めての心臓血管外科医によるクリニックであり、動脈・静脈を含めた血管疾患を得意としています。

これは今後の地域医療の中でも、ひとつの強みになるのではないかと思います。

また今回の地域医療構想では、医療機関同士の役割分担、連携、集約化が非常に重視されています。

当然、クリニック側も単に「病院へ紹介する」だけでは十分ではありません。

治療が終わった患者さんを、どのタイミングで自院に戻してもらうのか。

逆に、どの状態になったら再び病院へお願いするのか。

この往復が明確になってこそ、本当の意味での病診連携になるのだと思います。

実際、6月の診療報酬改定では病院からの逆紹介に対する評価が引き上げられ、病院側の逆紹介を促すとともに、クリニック側にもその受け皿となることが求められる方向になりました。

病院に対して「患者を抱え込まないように」という政策的なメッセージにも見えます。

これは大学病院勤務時代にも実感していました。

術後の患者さんをいつまでも大学病院の外来で診ていると、患者数は際限なく増えていきます。自分たちはどんどん忙しくなる一方です。

幸い私の恩師である教授は、術後1~3か月程度で状態が安定すれば、紹介元の医療機関や自宅近くのクリニックへ普段の診療を戻す方針でした。

そのため教授の外来は週1回、それも10人以下にコントロールされていました。

だからこそ、次々と手術目的の紹介患者を受け入れることが出来たのだと思います。

今後は「病院―診療所」の連携だけではなく、「診療所―高齢者施設」という連携も重要になってくるでしょう。

函館は全国でも人口減少率が高く、高齢化も進んでいる地域です。

もちろん高齢者施設の多くには、すでに協力医療機関や担当医があります。

それを考えると、当院の立ち位置は、

「高齢者の循環器・血管疾患について、施設から相談されるクリニック」

という方向も考えられます。

実はこれは、すでに一部実現しています。

施設入所中の患者さんについて、特に下肢の血流障害などで相談を受けた場合には、可能な限り当日に臨時対応しています。

こうして今回のガイドラインを読み込んでみると、単なる「国の医療政策」ではなく、自分たちのクリニックが2040年にどうなっているべきなのかを考える材料になることがわかります。

まだまだ検討する余地はあります。

ただ、このような指南書は、そのままでは単なる行政文書でも、いずれ制度化され、最終的には「お金」の力で現場を動かしていきます。

診療報酬という経済的なインセンティブによって、医療機関の行動が変わっていくわけです。

クリニックのような「弱小事業所」にとって、これは決して他人事ではありません。

表向きは丁寧なガイドラインであっても、実際には数年後の医療提供体制を大きく変える設計図なのかもしれません。

そう考えると、今はまだ「嵐の前の静けさ」です。

荒波が来てから慌てて舵を切るのではなく、今のうちに自分たちがどこへ向かうのかを決めておく。

2040年まで、まだ14年あります。

しかし医療機関の方向転換には、それほど長い時間ではありません。

当院も「何でも診るクリニック」ではなく、地域から必要とされる専門性を持ちながら、病院と在宅、そして高齢者施設をつなぐ役割を担う。

今回のガイドラインを読みながら、そんな将来像を少し具体的に考えることが出来ました。

院長 小西宏明

2026-08-13 21:24:00

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車を手放しても暮らせるまち

JR東日本の新幹線には、毎月「トランヴェール」という冊子が座席前のポケットに備えられています。

今月は「鉄道が紡ぐまちづくり」という特集があり、宇都宮市のLRTが紹介されていました。その最後に、國學院大學観光まちづくり学部の大門創教授によるコラムが掲載されていました。

鉄道とまちづくりの関係について、とても興味深いことが述べられていました。

交通網の問題がクローズアップされるようになった背景には、高齢者の運転による事故の増加があります。ブレーキとアクセルの踏み間違いは全国で発生していますし、認知機能の低下や認知症を発症した方による事故も問題になっています。

池袋の事故をきっかけに免許返納の機運が高まりましたが、地方では「車がなければ生活出来ない」という現実があります。

90歳になっても、スーパーへ買い物に行くために山道を運転せざるを得ないという地域さえあります。

「高齢者だから運転をやめましょう」と言うだけでは、問題は解決しないのです。

大門教授によれば、大都市圏と地方都市圏では、都市化と交通施設が整備された時期が異なります。

大都市では、都市化とともに鉄道網が整備されました。住宅地が広がるのと並行して駅ができ、その沿線に商業施設などが集まり、「まち」が形成されていきました。これは高度成長期のモータリゼーションよりも前のことです。

一方、地方都市では都市化と自動車の普及がほぼ同じ時期に進みました。

車があれば中心市街地から離れた場所にも住むことが出来ます。その結果、郊外型の住宅地が形成され、さらに大規模な商業施設も郊外へ移っていきました。

つまり地方都市では、車中心の生活様式が先に出来上がったと言えます。

函館も例外ではありません。

車中心の生活が定着した結果、もともとあった公共交通機関は徐々に縮小していきました。

ところが、人口が減少し高齢化が進むと、この生活様式が今度は行政の大きな負担になります。

人々が広い地域に分散して暮らすため、道路だけではなく、電気、ガス、水道などの生活インフラも広範囲に整備しなければなりません。

人口が減れば、当然一人当たりの維持費は大きくなります。

北見市が財政再建団体一歩手前まで追い込まれた背景の一つにも、平成の大合併によって行政区域が広域化し、住民が広く分散して暮らすことになった問題があるとされています。

そこで登場したのが「コンパクトシティ」という考え方です。

しかし、地方では必ずしも上手く進んでいません。

長年住み慣れた家を離れて、行政が指定した場所へ移り住むというのは、そう簡単なことではないからです。

大門教授のコラムでは、国土交通省が進めている「コンパクト・プラス・ネットワーク」という考え方が紹介されていました。

住宅、商業施設、公共施設などを一カ所に全部集めるのではなく、いくつかの拠点を作り、それぞれを公共交通ネットワークで結ぶという発想です。

これは地方都市にとって現実的な考え方だと思います。

そして私は、そのそれぞれの拠点の中心に「医療」と「介護」を置くべきではないかと思いました。

高齢者にとって、医療機関へ容易にアクセスできることは、単なる便利さではありません。

場合によっては、生存そのものに関わります。

車を運転出来なくなった途端に、病院にも行けない、買い物にも行けないという生活になってしまえば、免許返納を躊躇するのは当然です。

だからこそ、車を手放しても生活出来るまちを先に作らなければなりません。

その中心に病院や介護施設があり、スーパーや薬局などの日常生活に必要な施設が集まり、それらを公共交通機関で結ぶ。

そんなまちづくりが必要なのではないでしょうか。

この視点で函館を眺めてみると、面白い構図が見えてきます。

市電を交通の軸と考えると、西部地区と湯の川を中心とする東部地区は、横方向に結ばれています。

そして、その中央付近には五稜郭病院と函館中央病院があります。

一方、現在人口が集中しているのが、石川町、美原周辺を含む、いわゆる北部地区です。

この地域も、将来的には現在の西部地区と同じように高齢化していくはずです。

今の子ども世代は、進学や就職を機に札幌や東京などへ移り、親世代だけが残る。

そうなれば、今は車で生活出来ていても、20年、30年後には同じようにはいかなくなります。

ならば、今のうちから本町方面と北部地区を結ぶ新たな交通手段を考えておく必要があるのではないでしょうか。

さらに、その北部地区に将来の医療拠点を置くことも考えられます。

例えば、市立函館病院の次の移転候補地を、このような長期的なまちづくりの視点から考えてみても面白いと思います。

実は、似たようなまちの変化を私は自分自身で経験しています。

10年ほど前まで住んでいた自治医科大学周辺は、大学の進出によって栃木県内でも有数の文教地区として発展しました。

最初に出来た町立小学校は、すぐに生徒数が一杯になり、近くにもう一つ小学校が出来ました。

ところが、先見の明があったのでしょう。

いずれこの地域が高齢者中心のまちになることを見据えて、学校の校舎は将来的に高齢者施設へ転用出来るように設計されていました。

実際、現在では児童数が大きく減少し、周辺の一戸建て住宅には、かつて子育てをしていた世代が高齢になって住み続けています。

まちは成長するだけではありません。

人が増える時期があれば、必ず減る時期が来ます。

若い世代が住み、子どもが増え、学校が必要になる。

そして何十年か後には、その子どもたちが地域を離れ、高齢者のまちになる。

つまり、まちづくりは人口構成の変化を先読みして行わなければならないのだと思います。

人口が減少し、高齢化が進めば、いつまでも車中心の生活を続けることは出来ません。

函館であれば、大きく3つ程度の地区を生活拠点として考え、それぞれを公共交通機関で結ぶ。

そして各地区に、二次医療機関、介護施設、買い物に必要な商業施設などを充実させる。

そんな「医療を中心としたコンパクト・プラス・ネットワーク」が出来れば、高齢になっても車を手放して暮らせる函館になるのではないでしょうか。

「車を運転出来るから住めるまち」ではなく、

「車を運転出来なくなっても住み続けられるまち」。

これからの地方都市に必要なのは、こちらの発想なのだと思います。

院長 小西宏明

2026-08-12 20:48:11

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自分で自分に点数をつける

台風が思わぬ進路を辿っていますが、幸い2016年のような北海道直撃にはならないことが分かり、ホッとしています。

今日は予報通り朝からぐんぐん気温が上がりましたが、ジムで汗をかいても、それほど辛くはありませんでした。

行楽日和になったため、道路にはレンタカーや函館以外のナンバーを付けた車が至るところを走っています。

観光客の皆さんは道を探しながらゆっくり走るので、地元民としては少々辛いところです。いつもより移動に時間が掛かってしまいます。

まあ、これも観光地に住んでいる宿命なのでしょう。

改めて、休日は自宅周辺からあまり移動しないのが一番だと思いました。

ということで、天気がほどほどに良ければ、洗車は効率の良い時間の使い方です。

ゴルフが趣味の方なら、「フォームよりもまず道具から」と揶揄されることがありますが、洗車も道具が重要です。

今回の休みに間に合うように、洗車道具を収納できるキャスター付きのバケツを購入していました。

美容師さんや大工さんが必要な道具を腰ベルトに付けて作業するように、洗車も使いたい道具がすぐ手元にあることで、作業効率が大きく上がります。

洗車も部屋の掃除と同じで、やった分だけ成果が目に見えます。

だからモチベーションが上がりますし、継続もしやすい。

考えてみれば、学生時代の勉強にも似ています。

努力した結果がテストの点数や順位として現れれば、さらに次の勉強にも身が入ります。

少しずつ順位が上がり、その先に志望校合格が見えてくる。

努力の結果を数字で確認できることには、それなりの意味があります。

大人になると、学生時代のような定期試験の点数評価はなくなります。

もちろん会社員であれば上司から評価されますが、年齢や役職が上がるほど、単純に「何点」と評価される機会は少なくなります。

上司から問題を与えられるのではなく、自分で問題を見つけ、自分で解決方法を考えなければなりません。

つまり、問題を見つける力と、問題を解決する力。

この二つが、仕事の成果を決めるのだと思います。

先日、長井丈さんという昆虫研究者の動画を見ました。

現在12歳で、小学生の頃からアゲハチョウの研究を続けている少年です。2026年には「アゲハの大研究6」が全国学芸サイエンスコンクールの小学生理科自由研究部門で内閣総理大臣賞を受賞しています。

彼の研究テーマは、アゲハチョウの幼虫期に学習した記憶が、成虫になっても残るのか。

さらに、その影響が子や孫の世代にも受け継がれるのかというものです。

きっかけが実に興味深いのです。

小学3年生の頃、卵から育てたアゲハチョウを放したところ、その蝶が自分の周囲を何度も円を描くように飛んでから、空へ飛び立っていったそうです。

野生の蝶は普通、人間の周囲を何度も飛び回ることはありません。

そこで、「もしかしたら、幼虫の時から自分のことを覚えているのではないか」という疑問を持った。

ここが研究の出発点です。

そこから、幼虫期に学習した記憶が成虫になっても残るのか、さらに子や孫にまで影響するのかを実験で検証していきました。

さらに、その子や孫の世代についても調べる。

現在までに多数の個体を飼育し、世代をまたいだ実験を積み重ねています。研究成果は国際学会でも発表されました。

もちろん、これは「蝶が人間のように記憶を遺伝させる」という単純な話ではありません。

私が感心したのは、研究テーマそのもの以上に、最初の小さな違和感を見逃さなかったことです。

「何となく変だな」 「もしかしたら、こうなのではないか」 普通なら、その程度で終わってしまいます。

しかし彼はそこから問題を設定し、仮説を立て、方法を考え、実験を繰り返し、結果を積み重ねていった。

これは「才能のある子どもの話」で終わらせてはいけないと思います。

むしろ我々大人にとっても、非常に示唆に富んでいます。

まず必要なのは、日常における観察力です。

何十年も同じ仕事をしていると、「毎日同じことの繰り返し」と感じることがあります。

しかし、本当は毎日少しずつ違っている。

その違いに気付けなくなっているだけかもしれません。

子どもの方が感受性のアンテナが高いのは当然でしょう。

でも我々にも、子どもの頃がありました。

その頃には、ちょっとしたことを不思議に思ったり、「なぜだろう」と考えたりしていたはずです。

その感覚を完全に失ってしまう必要はありません。

むしろ年齢を重ねたからこそ、これまでの経験と組み合わせることで、若い頃とは違った問題を見つけられるのではないでしょうか。

そして、年齢や役職が上がれば上がるほど、誰かから評価される機会は少なくなります。

だからこそ、自分で自分を評価する必要があると思います。

今日の洗車は何点だったか。昨日の診療は何点だったか。患者さんへの説明は十分だったか。

毎回100点を取る必要はありません。

「今日は80点だった。次は85点にしよう」 それで十分です。

掃除や洗車であっても、毎回自分なりに点数をつけてみる。

そうすれば、昨日より今日、今日より明日と、少しずつ質を高めていくことができます。

学生時代は先生が点数をつけてくれました。

大人になったら、自分で自分に点数をつける。

そして、昨日の自分より少しだけ良くなっているかを確かめる。

年齢を重ねても進歩するためには、案外そんな単純なことが大切なのかもしれません。

院長 小西宏明

2026-08-11 22:28:43

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お盆休みをずらして、墓守を考える

当院は昨年に続いて、お盆休みを少し早めました。

今年は8月9日日曜日から13日木曜日までの5連休です。

先週、青森で手術を終えて新青森駅へ向かった際の混雑には驚きました。昨年よりもさらに人が増えているように感じました。

この傾向が続くのであれば、来年も敢えてお盆を外して夏休みを取った方が良いと思っています。

そもそも、お盆の時期に合わせて夏期休暇を取るようになったのは、クリニックを開業してからです。

ゴールデンウィークや年末年始とは違い、お盆は国民の祝日ではありません。

勤務医時代を振り返ると、多くの病院は基本的にカレンダー通りに診療していました。

では、夏期休暇をどうしていたのか。

同じ診療科の医師が、7月から9月頃までの3か月間に交代で休暇を取っていました。

大学の心臓血管外科では、休暇は合計2週間。

まとめて2週間休んでも構いませんし、1週間ずつ2回に分けてもよいことになっていました。

長期の海外旅行を計画する先生以外は、1週間の休みを2回取るのが普通でした。

もともと急患手術の多い病院でしたから、2週間も病棟を離れると、その間に患者さんがほとんど入れ替わってしまいます。

休み明けに病棟へ戻ると、「浦島太郎」のような気分になったものです。

それでも、仕事を離れて休むという意味では、とても合理的な仕組みだったと思います。

お盆の時期は交通機関が混雑し、交通費も宿泊費も普段より高くなります。

さらにコロナ禍を経験してからは、出来るだけ人混みを避けた方が良いという感覚も身につきました。

例えば来年なら、8月15日日曜日から19日木曜日、あるいは19日から23日という取り方でも良いわけです。

以前は初夏や秋の学会に合わせて休診日を設けることもありましたが、コロナ禍以降はオンライン参加も増え、ここ数年は学会のために休診することはなくなりました。

その代わり、ゴールデンウィーク、お盆、年末年始には、スタッフのためにも5連休を確保したいと思っています。

ところで、お盆といえば本来は先祖を供養する時期です。

定番は、やはりお墓参りでしょう。

私の生まれは広島ですが、すでに両親は他界し、子どもの頃に住んでいた家もありません。

何代にもわたる先祖のお墓は長男が受け継ぐことになっています。

本来なら私の責任なのですが、医師になってからは、数えるほどしか墓参りが出来ていません。

5年前、母の納骨を予定していた時には、ちょうど2回目の新型コロナ感染をしてしまい、妹たちに任せることになりました。

妹たちはご主人の実家も広島ですから、私よりもずっとよくお墓の面倒を見てくれています。

長男としては、全くもってダメです。

しかし、もっと深刻なのは息子の世代です。

息子は栃木で生まれ、中学から東京で暮らし、就職してからは再び東京に戻りました。

そもそも広島を見せてやったという記憶がありません。

もちろん、先祖代々のお墓を見せたこともありません。

これでは将来、「長男なのだから、このお墓を維持していきなさい」と言うことは、とても出来ないと思います。

子どもの世代になって、墓をどう維持していくのか。

これは以前から問題になっています。

最近では「墓じまい」をして、子どもたちが暮らしている場所から通いやすい墓地や、永代供養墓などに移すケースも増えています。

ただ、先祖代々のお墓となると、親戚も関係してきます。

長男だからといって、一存で決められる問題でもありません。

私自身も、人生の折り返し地点はとうの昔に過ぎました。

この問題も、そろそろ避けて通れなくなってきたようです。

「終活」というと、自分が亡くなった後のことを考える活動というイメージがあります。

しかし、実際には自分が生きている間に、すでに亡くなっている親族のことまで考えなければならない場合があります。

先祖から受け継いだものを、次の世代へどう渡すのか。

あるいは、次の世代に負担を残さないように、どこかで自分の代で整理するのか。

これは単なるお墓の問題ではなく、家族の歴史をどう引き継ぐかという問題なのだと思います。

今年はお盆の混雑を避けて、少しゆっくり休むことにしました。

その時間を利用して、これからのことを考えてみるのも悪くありません。

そろそろ、実家の墓守について真剣に考えなければならない時期が来たようです。

院長 小西宏明

2026-08-10 21:33:00

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保険診療だけでは医療は維持できない?

大学病院勤務時代、消化器外科の研修医だった先生が、医師向けサイト「m3.com」のインタビューを受けておられました。

小さな個人病院の院長を引き継ぎ、経営を再建していったという内容です。

その中で、非常に印象に残った言葉がありました。

「保険診療だけで黒字にするのは難しい。健診が収益源になる。」

現場を知らない人が言ったのではありません。

自ら医師として診療を行い、その上で未経験だった病院経営に取り組んだ医師が、現行の診療報酬を実際の経営という視点から分析した結果です。

一方、日経メディカルオンラインと日本経済新聞の調査では、医師の約6割が高齢者の医療費窓口負担引き上げに賛成したと報じられています。

また、日本維新の会は高齢者医療の原則3割負担化を政策として掲げています。

現在、70~74歳は原則2割、75歳以上は原則1割の窓口負担ですから、これを現役世代と同じ3割に近づけようという考え方です。

ただし、これは現時点で決定した制度ではありません。厚生労働大臣も7月の会見で、高齢者の窓口負担の見直しについては政党間で議論されている段階であり、「何ら決まったものではない」と説明しています。

それでも、こうした議論が出てくること自体が、今の日本の医療保険制度が大きな曲がり角に来ていることを示していると思います。

医療を末端で支える医師。

実際に診療所を経営して、保険診療の収支を見ている医師。

そして医療制度を俯瞰し、国全体の財政を考える政治家や官僚。

立場は全く違いますが、それぞれの立場から出てくる「知恵」を総括すると、ひとつのことが見えてきます。

現行の保険診療制度には、すでに限界が来ているのではないか。

そう感じるのです。

この2年間、そして今年6月の診療報酬改定を見ていると、国の方針としては病床数の削減に続いて、今度は診療所の数も徐々に調整していく方向にあるように感じます。

新規開業を直接制限するのではなく、診療報酬を徐々に引き下げる。

そうすると、採算の合わなくなった診療所が自主的に閉院する。

いわば、持久戦によって医療機関の数を減らしていく方法です。

もちろん、これは私自身の推測です。

しかし、診療所の経営者として診療報酬の動きを見ていると、そのような方向性を感じずにはいられません。

もうひとつ気になるのが電子カルテです。

電子カルテそのものが悪いわけではありません。私自身も医療DXの必要性は十分理解しています。

ただ、電子カルテの義務化まで進めば、高齢の医師を中心に「そこまでして続けるくらいなら閉院しよう」と考える人が出てくる可能性があります。

実際、日本医師会の調査では、紙カルテを使用している診療所の中に電子カルテの導入が困難と考える施設がかなり存在します。日本医師会も、電子カルテの義務化ではなく、紙カルテを使う診療所も地域医療を継続できる環境を求めています。

医療を継続する上で、診療報酬は血液のようなものです。

血液を少しずつ減らしていけば、身体はすぐには倒れなくても、徐々にフラフラになっていきます。

診療報酬を抑えながら、医療機関の経営を維持しようとする。

その結果として、健診などの自費診療を収益の柱にしたり、クリニック独自の自費診療を増やしたりする。

これは経営者として考えれば、極めて合理的な行動です。

国が保険診療の財源を抑えようとする。

患者側には自己負担を増やす方向の議論が出てくる。

医療機関側は自費診療へシフトする。

どちらも、それぞれの立場から見れば合理的な動きです。

しかし、この両者が同時に進むとしたら、そろそろ制度そのものについて発想を変える時期なのではないでしょうか。

そこで私が以前から気になっているのが、混合診療です。

保険診療か自費診療かを完全に二分するのではなく、

保険でカバーする部分と、医師と患者が合意して自由に対価を設定できる部分を、一定のルールの下で組み合わせる。

そんな仕組みを、そろそろ真剣に考えてもよいのではないでしょうか。

もちろん問題はあります。

日本医師会などが懸念するように、患者さんの経済力によって受けられる医療に差が生じる可能性があります。

しかし一方で、医療は重要な社会インフラであると同時に、それを維持するためには当然ながら「対価」が必要です。

道路も電気も水道も、維持するには費用が掛かります。

医療だけが「必要だから」という理由だけで、際限なく安く提供し続けることが出来るわけではありません。

現在、2027年3月からのOTC類似薬に対する追加負担についても制度設計が進められています。すでに改正健康保険法が成立し、対象となる薬剤について薬剤費の一部を「特別の料金」として患者が負担する仕組みが導入される予定です。

これも見方を変えれば、保険診療と保険外負担の境界線を少しずつ動かしているとも言えます。

もちろん、混合診療を全面的に解禁すればすべてが解決するわけではありません。

むしろ、何を保険で保障し、どこからを患者の選択と自己負担にするのか。

低所得者や重症患者をどう守るのか。

医師の裁量をどこまで認めるのか。

考えなければならないことは沢山あります。

しかし、現在の制度を何とか維持しようとして、患者負担を少しずつ増やし、医療機関の診療報酬を抑え、さらに現場では自費診療を増やしていく。

このままでは、結局どこかで制度そのものが行き詰まるのではないでしょうか。

「保険か自費か」の二択ではなく、「何を社会全体で保障し、何を個人の選択に委ねるのか」。

そろそろ、そんな視点から日本の医療保険制度を考え直す時期に来ているように思います。

医療現場の末端にいる一開業医として、最近の制度改革を眺めていると、そんなことを考えます。

院長 小西宏明

2026-08-09 21:23:00

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楽になることと、鍛えること

毎週ジムでは、ウォーミングアップのためにランニングマシーンを使っています。

筋力トレーニング前の準備運動という位置付けですが、少し負荷を掛けるために傾斜も付けています。

ランニングマシーンの利用方法は様々です。

ベルトの上を走る人、歩いている人、そして左右のバーを持ちながらゆっくり歩いている人もいます。

朝一番はどちらかというとご高齢の方が多いため、バーを利用している人を見ると、ふらつき防止や、膝や腰に少し問題がある方なのかなと思っていました。

ところが、先日試しに自分も走りながらバーに触れてみました。

すると予想外のことが起こりました。

身体が軽くなり、しかも息が苦しくならないのです。

それほどしっかり握っているわけではありません。

大袈裟に言えば、片方の手で軽く触れているだけでも「楽になった」と感じます。

これはとても不思議でした。

最初は、短距離走の選手が上半身や体幹をかなり鍛えていることを思い出し、体幹の安定性と関係しているのではないかと考えました。

少し調べてみると、実際にバーを利用することで、運動生理学的にはいくつかの理由から楽に感じることが分かります。

まず、身体の左右のブレが減ることです。

歩いたり走ったりするとき、身体は意外に細かなバランス調整をしています。肩や腕、腰回りなどの筋肉を使って、身体が左右にぶれないようにしているわけです。

手をバーに添えると身体が安定します。

そのため、体幹や肩周囲などでバランスを取るための余計な筋活動が少なくなり、その分だけ脚を動かすことに集中できます。

次に、身体の余計な力みが減ることです。

走るときには脚だけでなく、腕や肩、首など上半身も動いています。

息が苦しくなってくると、知らないうちに肩を上げたり、首に力を入れたりしてしまうことがあります。

バーに軽く触れて身体が安定すると、このような力みが減り、胸郭も動かしやすくなります。

その結果、呼吸も少し楽に感じられるのでしょう。

そしてもうひとつは、精神的な安心感です。

特に高齢になると、転ばないように無意識のうちに身体を緊張させています。

バーに触れているだけでも、「身体は安定している」と脳が判断することで、防御的な筋緊張が少なくなります。

これも疲労感が減ったように感じる理由のひとつだと思います。

この三つは、実際に自分で試してみても「なるほど」と納得できます。

ただし、ここで問題があります。

ジムに行く目的は、単に楽に走ることではありません。

筋肉を鍛えたり、心肺機能に負荷を掛けたりすることが目的ですから、楽になることばかりを求めたら、トレーニングとしては本末転倒です。

負荷を掛けてこその「トレーニング」です。

そう考えると、バーに手を添えて走ることにも適した場面があります。

例えば運動を開始したばかりで、まだ筋肉や関節が十分に動いていないときです。

最初の数分間だけバーに軽く触れながら身体を慣らし、徐々に手を離していく。

これはウォーミングアップとしては理にかなった方法なのかもしれません。

逆に、本格的に身体を鍛える段階では、できるだけ自分の身体だけで姿勢を維持しながら走る方が、トレーニングとしての意味は大きいでしょう。

結局のところ、自分の身体が今どの程度の負荷に耐えられるのかを知ることが大切なのだと思います。

若い頃なら「もっと負荷を掛けて、もっと強くなる」が目標でした。

今は少し違います。

私の場合、最終的な目標は「現状維持」です。

現状を維持するだけでも、年齢を重ねればそれなりの努力が必要です。

維持するのは大変ですが、衰えるのはあっという間です。

だからこそ、自分の身体と相談しながら、無理をせず、それでも少しだけ負荷を掛ける。

今の自分には、そんなトレーニングがちょうど良いのかもしれません。

院長 小西宏明

2026-08-08 22:23:35

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医療事故から学ぶべきこと

京都大学医学部附属病院で大きな医療事故が報じられました。

脳腫瘍摘出術において正常な脳組織を損傷したという内容です。私は脳神経外科医ではありませんので、現時点では報道や公表されている情報以上のことは分かりません。今後の詳細な調査結果を待つ必要があると考えています。

脳神経外科といえば、赤穂市民病院での医療事故や、それを題材とした『脳外科医 竹田くん』が広く知られています。しかし今回の件は、少なくとも現時点の報道を見る限り、単純に技術の未熟さだけで説明できるものではないように思われます。

腫瘍の部位から推測しても、極めて難易度の高い手術だったのではないでしょうか。

かつて「神の手」と称された脳神経外科医、故・福島孝徳先生でさえ、左右を取り違えて正常組織を摘出するという医療事故を経験されています。

外科手術は最も侵襲の大きい治療ですから、「弘法も筆の誤り」という言葉だけで片付けられるものではありません。

医療安全の世界には有名な言葉があります。

"To err is human."(人は誰でも間違える)

だからこそ、人間が間違えることを前提としたシステムを構築しなければならないという考え方です。

ドラマ『Dr. X』では、「私、失敗しないので」という名ゼリフがありました。

しかし医療安全では、むしろ「失敗したことがないという医師は、自分の失敗に気付いていないだけ」と教えられます。

医療事故を防ぐには、個人の能力だけに頼るのではなく、複数の安全対策を積み重ねることが重要です。

その代表的な考え方が「スイスチーズモデル」です。

重大事故は一つのミスだけで起こるのではなく、システムのさまざまな「穴」が偶然重なったときに初めて発生するという考え方です。

今回の事故についても、報道によれば、術中迅速病理診断で「腫瘍成分を含まない」という結果が示されていたことが、今後の検証ポイントの一つになるのではないかと思います。

ここで思い浮かぶのが「確証バイアス」です。

人は一度「この方向で正しい」と確信すると、その考えを支持する情報ばかりに目が向き、反対の情報を軽視しがちになります。

「このアプローチで必ず腫瘍に到達する。」
「目の前に見えているものは腫瘍である。」

その確信を途中で修正することは、実際には非常に難しいものです。

経験豊富な外科医であればあるほど、「これまで何度も経験した手術だ」という感覚が働きます。

病理から「腫瘍ではありません」と返答があっても、「採取部位がずれたのだろう」と解釈する可能性もあります。まさか自分が予定したルートから外れているとは、容易には考えられないのです。

これは、何度も登った山で道に迷うことがあるのと似ています。

慣れているからこそ、思い込みが修正しにくくなることがあります。

医療事故の報道に接するたびに、私は決して他人事とは考えません。

同じ外科医として、「自分ならどうしただろう」と必ず振り返ります。

今回の事故は、熟練した外科医による手術中に起きたと報じられているだけに、今後の第三者による詳細な検証から学ぶべきことは多いと思います。

同じ山に登っていても、毎回その表情は違います。

外科手術もまた、一例一例が新しい症例であるという謙虚な気持ちを忘れてはならないと、改めて感じました。

院長 小西宏明

2026-08-07 21:56:00

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