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病院の老朽化と地域医療の岐路

2025年5月時点のNHK調査によると、
全国で竣工から40年以上が経過した病棟を持つ病院は、
1600施設を超えるそうです。

これは全病院の約27%に相当します。

いわゆる法定耐用年数を超えた病院が、
全国に数多く存在しているということです。

では函館はどうでしょうか。

例えば、市立函館南茅部病院。
現在の病院は昭和50年に建設されました。

函館赤十字病院は昭和60年。
長い歴史を持つ高橋病院は、
2年前に新築移転を完了しています。

そして、もう一つが医師会病院です。
今月で築40年を迎えました。

市立函館南茅部病院は、
移転新築とともに診療所化される予定です。

函館赤十字病院については、
来年3月での閉院検討が大きく報じられました。

背景にあるのは、
建築費や人件費の高騰です。

一方で、人口減少によって患者数は減少し、
診療報酬も十分とは言えません。

つまり、
「建て替えたいが、そのための収益が確保できない」
という極めて厳しい状況に置かれているのです。

自治体病院では、
これまで赤字部分を税金で補填してきました。

しかし、それも限界に近づいています。

市立室蘭病院は閉院予定となり、
静岡の市立清水病院では、
厚生病院との一体運営、事実上の民営化が進められています。

そこで問題になっているのが職員給与です。
報道では、職員の約4割が退職意向を示しているとされます。

医療を維持するには、
建物だけでなく“人”も必要なのです。

現在、全国の病院の約8割が赤字と言われています。

その中で、
建物や設備の老朽化は、
病院存続そのものに直結する問題です。

個人的には、函館赤十字病院の判断には、
一定の必然性があると感じています。

そして次に注目されるのは、
医師会病院の将来像でしょう。

私自身、医師会副会長という立場から、
この病院にはいくつかの選択肢があると考えています。

ただ、医師会員の多くにとって、
医師会病院は子どもの頃から存在していた
“地域の病院”です。

そこには、数字だけでは語れない歴史があります。

一方で、4月末の財政制度等審議会の報告を見ると、
日本の医療は今まさに“大きな変革期”に入ったと感じています。

本来であれば、
地域ごとの医療機能や現場状況を踏まえ、
必要な病院体制を議論していくべきでしょう。

しかし現在は、
物価高騰、人件費上昇、財政悪化という現実の前で、
医療政策の優先順位が
「理想」よりも「財源」に傾き始めています。

ある意味では、
医療保険制度そのものが限界点に近づいているとも言えます。

その中で、函館はまだ幸運な地域だと思っています。

医師会を中心に、
地域医療を守ろうという意識が比較的強く保たれているからです。

ただし、これからの1〜2年は正念場でしょう。

築40年を超えた医療機関をどう維持するのか。
建て替えるのか、集約するのか、役割を変えるのか。

地域全体で知恵を絞らなければならない時代に入っています。

院長 小西宏明

2026-05-14 21:51:39

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駐車と認知機能

車の運転は、人間の五感を総動員する極めて高度な行為です。

周囲を見て、音を聞き、
速度や距離を瞬時に判断しながら、
手足を協調させて操作していく。

しかも運転中の脳は、
「目的地へ向かう」という認知作業まで同時に行っています。

一方で、自動車の発展は文明を大きく変えてきました。
現在では、電気自動車や自動運転へと技術革新が進んでいます。

しかし、それとは対照的に、
人間には“老化”という避けられない変化が訪れます。

視力や聴力など五感の衰えだけでなく、
脳の機能低下も起こります。

特に認知症は厄介です。

単なる「もの忘れ」にとどまらず、
判断力や空間認知能力、
さらには複数の情報を同時に処理する力まで低下していきます。

しかも初期段階では、
周囲からは気づかれにくいことも少なくありません。

車の運転を考えると、
基本となるのは
「どこへ向かうのか」
「どういう経路で行くのか」
「安全に到着できるか」
の三点です。

目的地を忘れる。
道に迷う。
駐車が極端に苦手になる。
小さな接触事故が増える。

こうした変化は、
認知症の初期症状として捉えるべき重要なサインかもしれません。

つまり、運転という行為そのものが、
認知機能を映し出しているのです。

当院では、防犯目的も兼ねて駐車場に監視カメラを設置しています。

患者さんの到着確認だけでなく、
車椅子対応や送迎の把握にも役立っています。

しかし長年映像を見ているうちに、
ある傾向に気づくようになりました。

認知機能低下を疑わせる方には、
特徴的な駐車の仕方が見られることがあるのです。

例えば、

・白線の枠内に収まらない
・斜めに駐車する
・歩道にはみ出す
・隣の車との距離感が極端に近い
・何度切り返しても修正できない

といったケースです。

そして実際、その後に認知症と診断された患者さんも少なくありませんでした。

認知症の評価では、
時計の絵に10時10分を書いてもらう検査や、
立方体を模写する検査があります。

これらは空間認知能力をみるためです。

駐車という行為もまた、
日常生活の中で空間認知能力を反映しているのかもしれません。

もちろん、
駐車が苦手だから即認知症というわけではありません。

ただ、普段と違う変化に気づくことは重要です。

高齢化が進み、
近い将来、高齢者の5人に1人が認知症になる時代が来ると言われています。

だからこそ我々は、
精神科や脳神経内科の専門医でなくとも、
日常診療の中で初期変化を見逃さない視点を持つ必要があります。

特に運転は、
本人だけでなく他者の生命にも関わります。

自損事故や接触事故を契機に、
認知症専門医への受診を勧めたり、
場合によっては免許返納について話し合う必要も出てきます。

重大事故が起きてからでは遅いからです。

今回、偶然にも監視カメラ映像から
認知機能低下の兆候に気づく経験を重ねました。

今後さらに症例を蓄積すれば、
「駐車行動」という視点から、
新たな認知症早期発見のヒントが得られるのではないかと感じています。

院長 小西宏明

2026-05-13 20:12:00

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少しだけが一番美味しい

患者さんからクッキーを頂きました。
ディズニーランドへ行かれたそうです。

やはりディズニーは、
アミューズメントパークの頂点のような存在だと感じます。

ふと箱の裏面を見ると、

アレルゲン表示や栄養成分表示は見慣れていますが、
間食の摂り過ぎにまで注意を促す文言は初めて見ました。

単なるお菓子販売ではなく、
消費者の健康にも配慮していることを示したかったのかもしれません。

日本人の食生活は年々欧米化し、
肥満人口も増加しています。

特に糖質や脂質の過剰摂取は、
糖尿病や脂質異常症など生活習慣病の大きな要因です。

本来、成人であれば、
基本的には1日3回の食事で必要な栄養は十分に摂取できます。

甘い間食は、生きていく上で必須というわけではありません。

ただ一方で、
食後に少量の甘味や果物があると、
食事全体の満足感が高まるのも事実です。

では、なぜ“お菓子”に注意が必要なのでしょうか。

理由の一つは、糖質や脂質が非常に多いことです。
特にトランス脂肪酸は、
悪玉コレステロールを増加させることが知られています。

また、加工食品では食品添加物も多くなりやすく、
過剰摂取は健康への影響が懸念されます。

現在、国は「健康日本21」という健康増進政策を進めており、
2024年からは第3次計画に入っています。

背景には、高齢化と人口減少があります。

単に長生きするだけではなく、
“健康に生活できる期間”をいかに延ばすか。
そのため、生活習慣の改善や予防医療が重視されています。

人は毎日食事をします。

つまり、毎食の積み重ねが、
良くも悪くも将来の身体を作っていきます。

世の中には、
「食べ始めたら止まらない」ほど美味しいものが沢山あります。

しかし実際には、
途中で止めることの方が、
最初から食べないより難しいのかもしれません。

一度“美味しい”という快楽を感じると、
それを抑えるには強い自制心が必要になります。

子どもの頃、母親によく言われました。

「美味しいものは、少しだけ食べるから美味しいのだ」と。

今になって思えば、
あれは単なる食事の話ではなく、
人生全般に通じる教えだったのかもしれません。

院長 小西宏明

2026-05-12 22:04:13

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新しいコーヒー道具

毎朝、豆を挽くところから始めてコーヒーを飲んでいます。

使っているコーヒーメーカーは、以前このブログでも紹介した
エペイオスの製品です。

やはり、豆をその場で挽いて淹れたコーヒーは、
あらかじめ粉にされたものとは香りが違います。

ただ、その一方で悩みもありました。

挽きたてのコーヒー粉には静電気が発生し、
ミルから取り出す際に粉が飛び散ったり、
内部に付着して残ったりするのです。

毎回、小さな刷毛で粉をかき出し、
周囲に散った粉を布巾で拭き取る——
意外と手間の掛かる作業でした。

そこで今回購入したのが、写真の道具です。

左側はコーヒー豆を計量する容器。
計量器の上に置いて豆を測ります。

そして右側の筒状のものは、小型の霧吹きです。
豆にごく少量の水を吹きかけてからミルへ投入します。

容器が漏斗状になっているのは、
そのまま豆をミルへ入れやすくするためです。

豆の表面に薄く水分をまとわせることで、
静電気の発生を抑える仕組みだそうです。

実際に使ってみると、
霧吹きの量には多少コツが必要ですが、
うまくいくと本当に粉が飛び散りません。

これまで、こんな便利な製品があることを知りませんでした。

価格も1000円少々。
霧吹き自体はシンプルな中国製ですが、
十分に“コスパが良い”と感じています。

実は、この道具を見つけたきっかけは
ちょっとした“怪我の功名”でした。

ある日、豆を量る容器を先に洗ってしまい、
まだ少し水分が残っていることに気づかないまま
豆を入れてしまったのです。

「ああ、湿っぽくなってしまったな」と思いながら、
面倒だったのでそのままミルへ入れました。

ところが、出来上がった粉は驚くほどまとまっており、
ほとんど飛び散らなかったのです。

しかも、ミルの内部も掃除しやすい。

むしろ水分で粉がこびりつくと思っていたので、
予想とは正反対でした。

「もしかすると静電気が抑えられたのではないか」

そう考えて調べていくうちに、
今回の製品にたどり着きました。

「同じことで困っていた人が沢山いたのだな」と、
妙に安心もしました。

もちろん、コーヒー豆の話とノーベル賞を並べるのは大袈裟ですが、
多くの研究者が語る
「失敗は成功のもと」
「やらずに後悔するより、やって後悔した方が良い」
という言葉には通じるものがあります。

そして本当に重要なのは、
失敗をそのまま放置しないことなのでしょう。

なぜ失敗したのか。
何が起きたのか。
振り返り、調べ、考え、改善する。

そこに次の発見があります。

たかがコーヒー豆の話ではありますが、
毎日の小さなストレスが解消されたことで、
コーヒーそのものが以前より美味しく感じられるようになりました。

日常の快適さとは、
案外こういう小さな工夫の積み重ねなのかもしれません。

院長 小西宏明

2026-05-11 06:30:47

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職人のモチベーション

ホテルの厨房で働いていた料理人が、独立して自分の店を開いた動画を見ました。

ステーキとハンバーグが看板メニューで、
「ブランド牛をより多くの人に味わってほしい」というのが店のコンセプトでした。

ステーキにはA5ランクの牛肉を使用し、
表面をフライパンで焼き上げた後、オーブンでじっくり火を通しています。

ハンバーグは、あえて肉の塊感を残すように仕上げられており、
柔らかいのにしっかり“肉を食べている”感覚がある。
そんな工夫が伝わってきました。

飲食店は、一般に1年後には約3割が閉店し、
5年後に残るのは1割程度とも言われます。

生き残るためにはさまざまな要素がありますが、
やはり重要なのは
「またあれを食べたい」と思わせる一品があることなのでしょう。

つまり、最後は“味”です。

動画のお店は、20代の若い女性シェフが一人で切り盛りされていました。
その動きには無駄がなく、
料理を提供する所作にも丁寧さが感じられます。

見ているだけで、
「この人は料理が好きなのだな」と伝わってきました。

撮影者が、なぜホテルを辞めて独立したのかを尋ねると、
「お客様の反応を直接見たいから」と答えていました。

誰が注文し、
どんな表情で食べ、
どんな感想を口にするのか。

カウンター越しであれば、
「美味しい」
「ヤバい」
そんな何気ない言葉も耳に入ります。

料理人にとって、「美味しい」は最高の賛辞でしょう。

そして、その反応が次へのモチベーションになり、
時には新たな工夫や改善へと繋がっていく。
最終的には、それが店の成長にも結びつきます。

還暦を過ぎると、自分自身も一人の“職人”としての感覚が強くなり、
他職種の職人達にも自然とエールを送りたくなります。

特に若い世代には、
これから訪れるであろう紆余曲折を乗り越え、
自分なりの仕事を磨いていってほしいと思います。

一方で、医療には特殊な側面があります。

診療報酬は保険点数によって全国一律に定められており、
料理店のように工夫や人気がそのまま価格へ反映される世界ではありません。

そこには、ある種の不合理さもあります。

しかし、外科医として質の高い手術を目指し、
患者さんが回復していく姿を見ることは、
まさに料理人がカウンター越しにお客様の笑顔を見る感覚に近いものがあります。

それが何よりのモチベーションです。

日本の医療は、
損得だけでは動かない“使命感”によって支えられている部分が、
今もなお大きいのだと思います。

今週はゴールデンウィーク明けということもあり、
予約数が非常に多くなっています。

初診のお問い合わせも続いていますが、
症状や緊急性を判断しながら、
場合によっては6月の予約をご案内しています。

市内には、夜遅くまで初診対応を続けている整形外科クリニックもあります。
ただ、院長にはスタッフの健康管理や職場全体の運営も求められます。

初診対応は、どの医療機関も悩みどころで、それぞれノーハウがあります。

だからこそ当院では、
現在のトリアージ体制を維持しながら、
できる限り質を保った診療を続けていきたいと考えています。

医療は、医療従事者だけで成り立つものではありません。
患者さんとの相互理解と歩み寄りがあってこそ、
持続可能な形になるのだと思います。

院長 小西宏明

2026-05-10 21:47:09

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聞く力と診る力

医療現場には、診断を考える際の有名な指針として
「オッカムの剃刀」と「ヒッカムの格言」があります。

オッカムの剃刀は、
複数の症状をできるだけ一つの病気で説明しようとする考え方です。
一方、ヒッカムの格言は、
複数の病気が同時に存在し得るという“複雑性”を重視します。

一般的には、若年者ではオッカムの剃刀、
高齢者ではヒッカムの格言が有用とされています。

実際、日常診療で接する患者さんの多くは高齢者です。
加齢による変化が多く、
また身体への不安も強くなりやすいため、
症状が多彩になりがちです。

その結果、良性疾患やメンタル面の影響を考慮する場面も少なくありません。

しかし一方で、中高年、特に現役世代においては、
重大疾患や悪性疾患の見落としは、
本人だけでなく家族や社会にとっても大きな損失となります。

医学生や研修医は、
まず「頻度の高い病気から考える」ように学びます。
これは診断学の基本です。

ただ、実際の臨床現場では、
たとえ稀であっても、
命に関わる病気や重要臓器の障害を先に除外する必要があります。

いわゆる「レッドフラッグ」です。

では、少しでも疑わしければ、
全員にCTやMRIを行うべきなのでしょうか。

もちろん、そうではありません。

診断がわからないからといって、
片端から検査を行うだけでは、
医師としての診断能力は育ちません。

診断の基本は、あくまで問診と理学所見です。

患者さんの話を聞き、
表情を見て、声を聞き、触診し、聴診する。
五感を使って情報を集めることが大前提になります。

ところが近年、初診の問い合わせの中には
「○○の検査をしてください」という希望も少なくありません。

背景には、長年にわたる
“検査と投薬を中心とした医療”の影響があるように感じます。

「検査をしない医師は不安」
「薬を出してくれない」
「抗生物質が欲しい」

そうした価値観が、ある程度社会に定着してしまいました。

しかし、本来、検査や投薬の必要性は、
医師が診断過程の中で判断するものです。

もし診断能力が不足すれば、
「全部検査する」
「症状ごとに全部薬を出す」
という方向に流れやすくなります。

現在の医学教育では、
OSCEという実技試験が導入されています。

問診、診察、コミュニケーション能力などが評価され、
合格しなければ進級できません。

つまり、医学教育そのものは、
「患者と向き合う力」を重視する方向へ進んでいるのです。

かつてCTが登場した時、
医療現場は劇的に変化しました。

そして今、AIが同じようなインパクトを与え始めています。

単純な知識量では、
もはやAIに人間は勝てません。

だからこそ、医師に本当に求められるものが、
より明確になってきたように感じます。

患者さんから必要な情報を聞き出す力。
実際に診察して異常を察知する力。
そして必要に応じて専門医へつなぐ判断力。

検査は、その力を補完するためのものです。

AI時代になったことで、
逆に医師という職業の本質が浮き彫りになってきました。

特に地域医療を担う実地医家には、
専門に偏り過ぎない総合力と、
他の医療機関や専門医と連携するコミュニケーション能力が求められます。

それこそが、これからの時代における
「巧みな医師」の条件なのだと思います。

院長 小西宏明

2026-05-09 22:05:59

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予約という約束

本日は、ゴールデンウィーク明け最初の診療日でした。
連休中から代表電話の着信履歴を見て、
「今日はかなり混み合うだろうな」と身構えていました。

実際、予約枠はほぼ終日埋まっており、
急を要する患者さん以外の診察を追加するのは難しい状況でした。

かかりつけの患者さんであれば、
普段の状態を把握しているため、
風邪や胃腸炎なども比較的短時間で対応できます。

しかし、まったくの初診となると話は別です。
症状の背景もわからず、必要な検査も読めないため、
どれだけ時間を要するか予測がつきません。

コロナ禍以降、当院は完全予約制へ移行しました。
予約時には電話である程度の問診を行い、
必要な診療時間を見積もっています。
その結果、直接来院される方はかなり減りました。

一方で、どうしても無くならないのが「無断キャンセル」です。

初診予約、検査予約、
そして最も多いのは医療脱毛の施術予約です。

事情はさまざまでしょう。
症状が軽快した、受診が不安になった、単純に忘れていた——
人間ですから、うっかりは誰にでもあります。

スマートフォンで予定管理をしていない方もいますし、
紙の予約票を紛失することもあるでしょう。

ただ、もしご自身の意思で予約を取りやめるのであれば、
ぜひ一報いただきたいと思っています。

理由は、本当のことでなくても構いません。
急用ができた、家族の事情がある——
そうした一言だけでも十分です。

初診では10〜30分、
検査では30分以上の枠を確保しています。

「3時間待ちの3分診療」という言葉がありますが、
実際の医療現場では、我々は1分を非常に重く考えています。

問診をする時間。
診察する時間。
患者さんと向き合い、説明する時間。

1分は決して短くありません。

新しい患者さんを迎えるために、
その方の病気を考えるために、
我々は“時間”を準備しています。

「時は金なり」という言葉がありますが、
医療現場ほどそれを実感する職種は少ないかもしれません。

実は今、医療界で話題になっている議論があります。

財務省の財政制度等審議会で提言された、
「患者都合による予約キャンセル料」の制度化です。

これは、予約の無断キャンセルによる
医療従事者の労力損失や、
本来他の患者さんに使えたはずの予約枠の消失を問題視したものです。

現在、多くの医療機関では電子カルテと予約システムが連動し、
診療はほぼ“予約”を基盤として運営されています。

もちろん医療には急患対応など特有の事情がありますが、
現代社会そのものが「予約」で成り立っています。

新幹線や飛行機の指定席、
ホテル、レストラン、講演会——
多くはキャンセル規定を前提に運営されています。

医療だけが例外であり続けるのは、
今後ますます難しくなるでしょう。

財務省は今回、
「予約管理は保険診療ではなく保険外サービスである」との見解を示しました。

つまり今後、
キャンセル料を正式に導入する医療機関は確実に増えていくと思われます。

方法としては、
予約時に預かり金を設定する形式が現実的かもしれません。

ホテルのようなクレジットカード決済方式は、
現時点では医療現場にはなじみにくいからです。

医療は、患者さんと医療従事者との信頼関係によって成り立っています。

そして予約制度は、
その最初の“約束”なのだと思います。

だからこそ、
互いの時間を尊重する仕組みについて、
社会全体で考えていく時期に来ているのではないでしょうか。

院長 小西宏明

2026-05-08 21:22:00

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技術は人から人へ

今日は青森での手術日でした。
木曜日は消化器外科も手術日で、状況によって大学病院から応援医師が来られます。
今回は、卒後8年目の乳腺外科の先生でした。

手術前、消化器外科部長と並んで手洗いをされていたのですが、
その会話が実に楽しそうだったのです。

私は病院勤務を離れて10年以上になります。
若い先生方と一緒に手術をする機会はなくなりました。

別に聞き耳を立てていたわけではありませんが、
大学の先輩後輩が、場所や時間を越えて、
一人の患者さんのために同じ手術室に立っている——
その光景に、何とも言えない懐かしさを覚えました。

外科手技の基本は、ある意味で“共通言語”です。
同じ教室で学び、同じ考え方を共有していると、
そこには自然と「阿吽の呼吸」が生まれます。

若い外科医へ技術を伝え、
後輩と情報交換を重ねながら、
診療姿勢や手技が世代を越えて受け継がれていく。
改めて、医療とはそういう世界なのだと感じました。

一方で、教えやすい人とそうでない人がいるのも事実です。
これは外科に限りません。
医療職だけの話でもないでしょう。

では、どのような人が教わりやすいのでしょうか。

まず大切なのは、素直に話を聞けることです。
次に、教わったことを自分で実践しようとする姿勢。
技術は、見ているだけでは身につきません。

そして三つ目は、失敗を恐れず、
実際に手を動かして覚えていくことです。

教える側からすると、
最初から器用にこなす人よりも、
多少失敗しながら注意を受け、修正していく人の方が、
むしろ技術が深く定着していく印象があります。

手洗い中のほんの数分の会話でしたが、
そこには、謙虚な後輩と温かく見守る先輩の姿がありました。

若い力は、やはり職場に活気を与えます。
そして技術というものは、
機械やマニュアルだけではなく、
結局は人から人へ伝わっていくのだと思います。

今日は夕方から、リハビリ学院2年生への講義もありました。

昨年は初めての担当で、
こちらにも余裕がなく、反省点も多くありました。
しかし2年目となる今回は、
少し教室全体を見る余裕も出てきました。

少なくとも昨年よりは、
学生達が興味を持って聞いてくれているように感じました。

ただ、今は紙と鉛筆ではなく、
パソコンやタブレットが授業の中心です。
もしかすると、別の画面を見ていた学生もいたかもしれません。

それでも、授業内容そのもの以上に、
「学ぶ姿勢」は将来に繋がると思っています。

どんな仕事であっても、
人から何かを学ぶ時の姿勢には共通点があります。

今年の2年生にも、
焦らず、一つひとつ身につけていって欲しいと願っています。

院長 小西宏明

2026-05-07 22:02:20

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狭い部屋と広い価値観

東京の家賃は、依然として上昇傾向にあります。
先日のニュースでは、いわゆる「狭小賃貸物件」の人気が取り上げられていました。

玄関を入るとすぐに洗濯機があり、その奥に二口のIHコンロ。
さらに進むと、約3畳のダイニング兼リビング兼書斎。
天井高は4メートルあり、ロフトが寝室として使われています。
トイレは個室ですが、浴室はシャワールームのみ。

両手を広げれば壁に届きそうな空間ですが、
その分、家賃は抑えられ、何より駅に近い。
学生や若い社会人にとっては、「帰って寝るだけ」と割り切れば、
十分に合理的な選択なのかもしれません。
個人的には「掃除が楽」という利点も加えたいところです。

一方で、こうした生活スタイルの背景には、
働き方や価値観の変化も見えてきます。

企業では、新卒採用を抑え、即戦力に近い中途採用を増やす動きが見られます。
若い世代は「自分の時間」を重視する傾向が強く、
仕事との距離の取り方も従来とは異なっています。

かつては、仕事を軸に生活が成り立ち、
その対価として得た収入でプライベートを充実させる、という構図が一般的でした。

現在はむしろ、時間そのものの価値が高まり、
仕事は生活の一部として位置づけられる傾向があります。

また、娯楽のあり方も変化しています。
外出や消費を伴う楽しみだけでなく、
室内でのゲームや動画、SNSなど、比較的低コストで完結する時間の使い方が広がっています。

もっとも、社会はさまざまな仕事によって支えられています。
電気、ガス、水道といったインフラがなければ、
日常生活は成り立ちませんし、
デジタルの世界もその上に成り立っています。

こうした状況を踏まえると、今後は「ジョブ型雇用」のように、
役割や成果に応じて対価を支払う仕組みが、
さらに広がっていく可能性があります。
すでに終身雇用や年功的な昇給は大きく変化しています。

今週は、昨年から担当している看護リハビリ学院で講義があります。
毎年、数名が中途退学していますが、
理由は病気ではなく、学業とのミスマッチや進路変更です。

裏を返せば、それだけ進路選択の難しさが増しているとも言えます。
早い段階で方向転換することは、決して悪いことではありません。

私の同級生は今年65歳となり、定年を迎える年代です。
自分たちの学生時代と比べると、
今の若い世代は進路の選び方も、その後の過ごし方も大きく変わりました。

何に興味を持ち、何を仕事にするのか。
そしてそれをどう収入につなげていくのか。
選択肢が広がった分、判断の難しさも増しています。

たとえ才能があっても、それに気づくこと、
あるいは早期に活かすことは容易ではありません。

だからこそ結局のところ、
どの時代であっても変わらない基本は一つだと思います。

目の前のことに真摯に向き合うこと。
それが、将来の選択肢を広げる最も確実な方法ではないでしょうか。

院長 小西宏明

2026-05-06 18:36:00

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AI時代

アメリカでは、ブルーカラーの年収が上昇していると言われています。
背景にあるのは、AIによるホワイトカラー業務の代替です。

確かに、データ入力や集計といった定型業務は、
日本でもすでにAI化が進み始めています。
市役所の会議でも、後日送られてくる議事録の多くは、
音声記録とAIを組み合わせたシステムによって作成されていると思います。

こうした流れを見ると、
「人がやらなくてはならない仕事」は確実に減っていくと実感します。

行政の会議に参加していても感じるのは、
多くが提案や報告の確認にとどまり、
本質的な議論にまで踏み込めていないことです。
いわゆる「総論賛成・各論は曖昧」という状況が繰り返されます。

であれば、一定の整理まではAIに任せ、
オンラインで共有し、各自が意見を述べる形式でも
十分機能するのではないかと感じることもあります。

さて、ホワイトカラーの一部がAIに置き換えられると、
相対的に価値が高まるのは、現場での作業を伴う仕事です。

アメリカでは、鉄道の保線作業や車両整備、
エレベーターの保守点検といった職種の年収が、
平均を大きく上回っています。
専門的な技術や資格を必要とする分野ほど、
その傾向は顕著です。

この流れはいずれ日本にも及ぶでしょう。
ただし、日本では現場労働の対価が長らく低く抑えられてきたため、
急激な逆転は起こりにくいかもしれません。
これは医療分野にも通じる構造です。

それでも、「手に職を持つこと」
「資格や技術を身につけること」の重要性は、
今後さらに増していくと考えます。

アメリカで研究に携わった経験の中で、
常に問われていたのは「あなたは何ができるのか」という一点でした。

何を提供できるのか。
どのように組織に貢献できるのか。
その価値が明確であれば、報酬は引き上げられる。
一方で、期待に応えられなければ評価は即座に変わる。

極めてシンプルで、ある意味では厳しい評価軸です。
メジャーリーグの選手を見れば、その構造はわかりやすいでしょう。

日本とアメリカでは制度や文化に違いがありますが、
AIには国境も文化もありません。

感情や忖度を持たない存在として、
極めて合理的に仕事を代替していきます。

これからは、人間同士だけで競う時代ではなくなりました。
AIという新たな“競争相手”が加わっています。

その中で求められるのは、
人間にしかできない価値をいかに示せるかです。

何ができるのか。
それをどう社会に活かすのか。

その問いに向き合うことが、
これからの時代を生きる上で不可欠になると感じています。

2026-05-05 06:12:12

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