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TBSのアナウンサーに篠原梨菜さんという方がおられます。私が初めて知ったのは、安住紳一郎アナウンサーがMCを務める「THE TIME,」の早朝グルメのコーナーでした。
特に印象に残ったのは、食レポにおける語彙の豊富さと表現力の高さです。また、箸の持ち方や食べる際の所作も非常に美しく、見ていて気持ちが良いのです。
あまり気にされない方もいるかもしれませんが、私は交差箸などを見ると少し違和感を覚えます。食事の場での所作には、その人の日頃の習慣や育ち方が自然と表れるように感じます。
そういう意味では、所作の美しさでよく話題になる芦田愛菜さんも印象的です。お二人とも、ご家庭での躾や教育の大切さを感じさせてくれます。
食レポが上手な芸能人は数多くおられます。
食べ物とは直接関係のない言葉を組み合わせたり、擬音語や擬態語を巧みに使ったりして、独自の世界観で美味しさを表現する方も少なくありません。それはそれでひとつの才能だと思います。
しかし篠原さんの場合は少し違います。
あくまでもアナウンサーとして、事実を客観的に伝えることが本業です。そのため表現がわかりやすく、聞き手に自然と伝わってきます。
味や食感、香り、見た目などが、まるで理科の観察記録を読んでいるかのように整理されているのです。
後から知ったのですが、篠原さんは東京大学出身で、在学中にはミス東大にも選ばれた才女でした。
そういえば、先日NHKを退職された和久田麻由子アナウンサーも東京大学出身です。群を抜いたアナウンス力で知られていました。
人と話をしていると、年代に関係なく教養の高さや品性が垣間見えることがあります。
語彙力はもちろんですが、話の組み立て方や論理性にもその人らしさが表れます。
私が特に注目しているのは、形容詞を修飾する副詞の使い方です。
例えば「綺麗」という形容詞ひとつをとっても、「ものすごく綺麗」「とても綺麗」「息を呑むほど綺麗」など表現はさまざまです。
あるいは「空の青さのように澄んだ美しさ」など、何かに例えて伝える方法もあります。
さらに「筆舌に尽くし難い」といった表現もあります。
同じ感動を伝えるにしても、選ぶ言葉によって聞き手に与える印象は大きく変わります。
我々の会話の多くは「何がどうである」という内容で成り立っていますが、その内容をどのように修飾するかによって表現の幅が生まれます。
さらに重要なのが、「なぜそう思うのか」という理由の部分です。
これは英語で言えば“because”に相当します。
アメリカ人と会話をしていると、この「なぜなら」という説明を非常に重視していることがよくわかります。
だからこそ私は、副詞の使い方や理由の説明の仕方に、その人の思考力や教養が表れると考えています。
逆に、擬音語や擬態語ばかりが続いたり、「なんとなく」という言葉だけで話が終わったりすると、どこか幼い印象を受けます。
また、理由や根拠が示されない話には、思考の奥行きが感じられません。
そんな視点で篠原さんの食レポを見聞きしていると、とても勉強になります。
見たもの、食べたもの、感じたことを、相手にどう伝えるのか。
どんな言葉を選び、どんな順序で話を組み立てるのか。
私自身、日頃から文章を書いたり患者さんに説明したりする立場にありますが、改めて「言葉の力」について考えさせられます。
良い食レポは単に美味しさを伝えるだけではありません。
聞き手や読み手に情景を思い浮かばせ、共感を生み出します。
言葉は、その人の教養や品性、そして思考の深さを映し出す鏡なのだと思います。
院長 小西宏明
2026-06-09 21:58:00
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昨今は住宅価格の高騰が続いています。マンションも戸建ても、以前に比べると収入に占める住居費の割合は大きくなりました。
多くの人は住宅ローンを利用しますし、できるだけ身の丈に合った住まいにしようと考えるはずです。しかしその一方で、注文住宅であれマンションであれ、豪華でゆとりのある仕様への憧れは尽きません。
ある住宅メーカーの社長さんがこんな話をされていました。
「モデルハウスを見ながら仕様を決めていくと、どんどん足し算になって費用が膨らんでいく。しかし実際に住み始めると、その非日常的な設備や豪華な仕様にはいずれ飽きてしまう。」
無理をして高価な仕様にしても、その満足感は長く続かないというのです。
私はこの言葉にとても共感しました。
大学病院勤務時代、医局の先生方が相次いで住宅を新築した時期がありました。
当時の病院周辺は田畑が広がり、住宅地が点在する環境でした。集合住宅は少なく、子どもが1人、2人と増えると戸建てを選択する先生が多かったのです。
しかし大学病院、特に外科系医師の場合、自宅で過ごす時間より病院で過ごす時間の方が圧倒的に長くなります。
私も途中から教授室を与えられましたが、帰宅が遅くなるとそのまま泊まることも少なくありませんでした。気が付けば居心地の良い空間になっていましたし、同僚の先生の中には自室で植物を育てている方もいました。
では、居心地の良い場所とはどのような場所でしょうか。
私の場合は、座り心地の良い椅子と仕事のしやすい机、そして首や腰が痛くならないベッドです。
さらに重要なのは掃除がしやすいことです。
もちろん汚れている部屋は論外ですが、掃除そのものに多くの時間をかけたくありません。そのためには、短時間で綺麗にできる適度な広さが理想です。
考えてみると、今でも子どもの頃に作った押し入れの秘密基地の感覚がどこかに残っているのかもしれません。
先ほどの住宅メーカー社長の話に戻りますが、特に「人は飽きる」という指摘には大いに納得します。
どうせ飽きるのであれば、最初から平凡で良い。
むしろ平凡だからこそ長く付き合えるのかもしれません。
さらに、ある不動産会社の方は「持ち家か賃貸か」という永遠のテーマについて、賃貸住宅を強く勧めていました。
理由は単純で、「住まいに求める機能は変化するから」です。
住宅ローンは通常35年近い期間で組まれます。
その間に結婚し、子どもが生まれ、成長し、やがて独立していきます。当然ながら必要な部屋数も広さも変わります。
さらに高齢になれば、バリアフリーが重要になり、生活の中心は1階へ移るでしょう。
35年も経てば、住まいに求める機能は全く違うものになります。
むしろ同じ家が最後まで最適であり続ける方が不思議なくらいです。
現実的には、一生のうちに何度も家を建て替えられる人は多くありません。しかし賃貸であれば、その時々のライフスタイルに合わせて住み替えることができます。
もちろん高齢になると賃貸契約が難しくなるなどの課題もあります。
それでも、「変化に対応しやすい」というメリットは大きいと思います。
結局のところ、住まいに求めるべきものは豪華さではなく機能性なのかもしれません。
そして、その機能が長く続く快適さにつながります。
派手さはなくても居心地が良い。
使い勝手が良く、飽きが来ない。
そんな場所こそ、本当に価値のある居場所ではないでしょうか。
歳を重ねるにつれて、「平凡が一番」という言葉の重みを改めて実感するようになりました。
院長 小西宏明
2026-06-08 21:57:54
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市内の医師数は年々減少しており、内科においても休日当番体制の維持が徐々に難しくなっています。
そのため今年度から、毎月2回、医師会病院に医師が出向いて休日当番を担当する新しい取り組みが始まりました。
内科医会所属の医師の約7割は、これまで通り自院での当番を希望されました。しかし、その中には今回の取り組みの経過を見た上で、将来的な参加を検討したいという先生方も少なくありません。
自院での継続を希望された理由として最も多かったのは、気心の知れたスタッフと仕事ができる安心感でした。また、新たに医師会病院の電子カルテを習得する負担を懸念された先生方もおられました。
一方で、新しい方式に参加された先生方からは、休日出勤を余儀なくされるスタッフの負担軽減を重視する意見が多く聞かれました。特に小さなお子さんがいる職員にとっては、休日勤務は家族への影響も少なくありません。
さらに、従来方式にはさまざまな課題があります。
クリニックの駐車場が狭く、多数の患者さんが来院すると周辺道路に車があふれ、実際に警察から注意を受けたケースもあります。待合室も何十人もの患者さんを収容できる広さではありません。
また、感染症流行期に備えて大量に準備した検査キットが、シーズン終了後に使われず廃棄となれば経営上の負担にもなります。
現在はまだ試行段階であり、今後は医師会として問題点を洗い出しながら改善を進めていくことになります。
もっとも、お気づきの方もおられると思いますが、休日当番を行う場所が変わっただけでは医師不足対策にはなりません。
実はこの取り組みは、将来の休日医療の最終形を見据えた第一歩でもあります。
私は勝手に「苫小牧方式」と呼んでいますが、道内の多くの地域ではすでに開業医だけで休日当番を維持することが難しくなっています。
従来のローテーション方式では、一人ひとりの当番回数が増え過ぎるからです。
そのため地域に一か所の急患センターを設置し、開業医だけでなく総合病院の勤務医にも参加していただく体制が整えられています。勤務医にとっては休日の外勤先として機能するわけです。
実際、札幌市の小児科休日診療も今年度から一部この方式へ移行しています。
これは何を意味するのでしょうか。
地域の人口減少以上のスピードで医師数が減少しているということです。
最大の要因は医師の高齢化です。
加えて、建築資材や医療機器の価格高騰、人件費の上昇、さらにはメディカルスタッフ不足などが重なり、地方都市では新規開業そのものが極めて難しくなっています。
若い医師が地域でクリニックを開業しようとしても、計画段階で事業として成立しないケースが少なくありません。
本日の休日当番では50名を超える患者さんに対応しました。
朝からほぼ休みなく診療が続き、お茶を口にできたのは午後3時過ぎでした。昼食も用意していただきましたが、夕食に差し支えるため遠慮させていただきました。
心臓血管外科医時代には、昼食が深夜になることも珍しくありませんでしたので、その点はあまり苦になりません。
ちなみに、かつてアメリカの外科系雑誌で「優秀な外科医に必要な資質」として挙げられていたのが、“大きな膀胱”でした。
冗談のようですが、それだけ長時間の集中力と忍耐力が求められる仕事ということなのでしょう。
今回、看護師をはじめとする病院スタッフの皆さんは非常に協力的で、不慣れな医師をしっかり支えてくださいました。
患者さんの中には最長で3時間近くお待ちいただいた方もおられたと思いますが、大きな混乱なく診療を終えることができたのは、まさにスタッフの力のおかげです。
改めて感じたのは、医療は典型的な労働集約型産業であり、人の力なくして成り立たないということでした。
AIやデジタル化が進んでも、患者さんに向き合い、診察し、説明し、支えるのは結局のところ人です。
休日当番体制の維持は、今後ますます大きな課題になっていくでしょう。
地域医療を守るためにも、医師会として一歩ずつ課題を整理しながら、持続可能な仕組みを模索していきたいと思います。
院長 小西宏明
2026-06-07 21:51:00
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最近、寿司職人を目指す人が増えているそうです。養成学校も数多く開校されていますし、家族や友人に振る舞うことを目的とした料理教室の延長のような講座も人気を集めています。
背景には世界的な和食ブームがあります。海外では寿司職人の需要が高く、現地の物価水準も相まって、日本よりはるかに高い収入を得ることも可能になっています。中には大企業の会社員から転身する人も少なくありません。
その理由のひとつとして、AIの急速な進歩があるようです。自分の仕事が近い将来AIに置き換えられるのではないかという危機感です。
一方で、昔から「手に職をつける」と言われるように、他人には真似のできない技術を持つことは大きな強みになります。何より、自分の仕事がお客様の喜びに直結することは大きな生きがいにもなります。
特に飲食の世界では、お客様の反応が目の前で分かります。「美味しい」という一言は何よりの励みですし、「もっと良いものを作ろう」という向上心にもつながるでしょう。
しかし現実には、独立して店を持った人すべてが成功するわけではありません。テレビやYouTubeで取り上げられるような繁盛店になるのは、ごく一部でしょう。
野球と同じで、努力すれば全員がプロ野球選手になれるわけではありません。どんな職業でも、努力に加えて何かしらの付加価値が必要になります。
有名寿司店を紹介する動画を見ていると、繁盛店の親方には共通して人を惹きつける何かがあります。
それは卓越した技術かもしれませんし、人柄かもしれません。あるいは店全体の空気感かもしれません。
繁盛店とは、結局のところリピーターの多い店です。
「また行きたい」と思われるからこそ口コミが広がり、今ならSNSで拡散され、やがて「予約の取れない店」になっていくのでしょう。
最近見た動画で印象に残ったのが、2023年11月に麻布十番で独立開業された「鮨めい乃」です。
親方の幸後綿衣(こうご めい)さんは女性の寿司職人として注目され、開業からわずか数か月後には「情熱大陸」でも取り上げられました。現在は予約が極めて困難なお店として知られています。
動画を見ていて、私はすぐに「この方は違うな」と感じました。
もちろん手さばきも素晴らしいのですが、それ以上に印象に残ったのは表情、とりわけ目線でした。
一品をお客様に提供した直後の表情が、すでに次の料理へ向いているのです。
その場の作業だけをこなしているのではなく、常に数手先を見据えている。そんな印象を受けました。
何がどう優れているのかを言葉で説明するのは難しいのですが、職人としての思考の深さが自然と伝わってくるのです。
私自身、仕事をする上で好きな言葉があります。
ひとつは「一を聞いて十を知る」。
そしてもうひとつが「数手先を読む」です。
何が起こるのかを予測し、次に必要となる行動を先回りして考えることです。
どちらにも共通するのは、「常に考える」という姿勢だと思います。
余談ですが、函館に来てから好きな飲食店が少しずつ増えました。一方で、あまり再訪しようと思わない店もあります。
決して料理が美味しくないわけではありません。
一品一品は非常に完成度が高く、旬の素材も上手に活かされています。
ただ、コース全体として見ると、それぞれの料理が単なる“点”の集合体に感じられるのです。
私が考えるコース料理とは、物語や音楽のようなものです。
起承転結があり、流れがあり、前の一皿が次の一皿への伏線になっている。
最後まで食べ終えた時に、「今日はこういうテーマだったのか」と感じられることが大切だと思っています。
それが料理人の伝えたい世界観であり、意図なのではないでしょうか。
ただ旬の食材を順番に並べるだけでは、人の心は動きません。
以前から食通の方々が有名店を訪ね歩く動画をよく見ていますが、私が惹かれるのは料理そのものだけではありません。
その店の料理人が何を考え、何を表現しようとしているのかを丁寧に伝えてくれるところです。
業種は違っても、一流の職人の仕事には学ぶべきことが数多くあります。
技術だけではなく、その先にある思考や哲学こそが、人を惹きつける本当の理由なのかもしれません。
院長 小西宏明
2026-06-06 20:10:31
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外科治療の大原則は、患者さんに加える侵襲を上回る治療効果が期待できることです。
わかりやすい例として、包丁で誤って指を切ってしまった場合を考えてみましょう。
そのまま放置すれば、痛みが続き、出血もし、傷の治りが悪くなる可能性があります。さらに感染症を起こす危険性もあります。一方で傷を縫合すれば、止血が得られ、傷の治癒も早まり、結果として感染のリスクも減少します。
もちろん縫合にもデメリットがあります。麻酔注射の痛みがありますし、縫合後もしばらくはズキズキとした痛みが残ります。縫合した傷跡が残ることもありますし、周囲の感覚が鈍くなることもあります。
それでも縫合を行うのは、デメリットを上回るメリットがあるからです。だからこそ我々外科医は治療を選択します。
では、病気が見つかったらすべて手術をするのでしょうか。
もちろんそんなことはありません。
たとえ癌が見つかったとしても、必ずしも手術が最善とは限りません。すでに全身へ転移している場合には、手術よりも緩和ケアや薬物療法が適切なこともあります。
時々、「外科医は切ることが好きだから手術を勧めるのでしょう」と言われることがあります。しかし、そのような単純な話ではありません。
外科医が最初に行うのは「手術適応の評価」です。
手術によって得られる利益は何か。逆にどのような不利益が生じるのか。その両方を慎重に比較検討します。
さらに大きな手術であれば、患者さんの体力や心臓、肺、腎臓などの機能が麻酔や手術侵襲に耐えられるかどうかも重要です。
もし十分に耐えられないと判断すれば、縮小手術を選択したり、場合によっては手術そのものを行わないこともあります。
つまり、「手術しない」という判断もまた外科治療の重要な選択肢なのです。
一般には外科医というと豪快で大雑把な印象を持たれるかもしれません。しかし実際には極めて慎重で繊細な仕事です。
病態を正確に把握し、最適な術式を選択し、さらに術後の経過まで予測しなければなりません。
若い頃には必ず「木を見て森を見ずになるな」と指導されます。また「過ぎたるは及ばざるがごとし」という言葉も繰り返し教えられます。
今日は、ある患者さんが病気に対して非常に積極的に外科治療を希望されました。そして最後には、将来の病気の進行を心配するあまり、予防的な手術まで希望されました。
そのお気持ちは十分理解できます。しかし私は、手術という行為そのものを少し軽く考えておられるように感じました。
そこで私はこう説明しました。
「手術ができないのではありません。しないのです。なぜなら私が外科医だからです。」
手術を行う決断と同じくらい、手術を行わない決断にも責任があります。そして、その判断は外科医だからこそできるものだと思っています。
患者さんの中には、「手術こそが最善の治療」と考えておられる方も少なくありません。しかし必ずしもそうではありません。
人間の身体は単なる部品の集合体ではないからです。ひとつの部品を修理したからといって、身体全体が必ずしも良い方向へ向かうとは限りません。
外科医と内科医では人体の捉え方に違いがあります。しかし共通しているのは、患者さん全体を見て最善の選択を考えることです。
手術は重要な治療手段ですが、あくまで数ある選択肢のひとつです。
「切ること」だけが外科医の仕事ではなく、「切らないこと」を選ぶのもまた外科医の大切な役割なのです。
院長 小西宏明
2026-06-05 22:11:03
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今日も青森の病院で診療を行ってきました。
ゴールデンウィークが終わり、新幹線も一時は通常の落ち着いた状態に戻っていましたが、先週あたりから再び乗客が増えてきました。ただ目立つのは外国人観光客ではなく、高齢の日本人です。北海道はこれから一年で最も過ごしやすい季節を迎えます。旅行には絶好のシーズンと言えるでしょう。
今日は外来検査の延期があり、少し時間的な余裕ができたため、病院の医事課長と話をする機会がありました。
今月から診療報酬改定が始まり、病院経営に多少はプラスになるのではないかと思っていたのですが、話を聞くと状況はそれほど単純ではありませんでした。
そもそも来院患者数の減少が顕著だというのです。
例年この時期は田植えが始まるため、農家の方の受診が減る傾向があります。しかし今年はそれを差し引いても患者数が少なく、原因ははっきりしないとのことでした。
実は私が担当している下肢静脈瘤専門外来でも初診患者さんが減っています。昨年のような数か月待ちの状態ではありません。
下肢静脈瘤は良性疾患であり、緊急性も低いため、積極的な受診行動につながりにくい特徴があります。しかし青森市の人口構成は函館市とよく似ており、潜在的な患者さんは決して少なくないはずです。
では、なぜ全体として受診者数が減っているのでしょうか。
ひとつの要因として考えられるのは、昨今の物価高です。
家計への負担が増える中で、痛みや苦しさなどの明らかな症状がなければ受診を控える人が増えているのかもしれません。健康診断や検査を後回しにすることも十分考えられます。
しかし病気は早期発見・早期治療が基本です。
がんであれば治癒率が高まり、治療の負担も軽くなります。結果として医療費も抑えられます。
日本は世界でも類を見ないほど安価に高度医療を受けられる国ですが、その価値はなかなか実感されていないように思います。他国の医療事情を知って初めて、日本の医療制度のありがたさが理解できるのかもしれません。
例えば帯状疱疹ワクチンです。
昨年から接種補助が始まりましたが、最新のワクチンは2回接種で4万円以上かかります。そのため高額だという印象を持つ方も少なくありません。
しかし北米では同じワクチンが4万5千円から7万円程度で提供されています。日本ではさらに公的補助によって負担が軽減されています。
保険診療についても同様で、日本の自己負担額は諸外国と比較すると驚くほど低く抑えられています。
今回の診療報酬改定によって患者さんの自己負担は若干増えますが、その中には医療機関への物価高対策や医療従事者の賃上げ分も含まれています。
ここ数年、医療・介護分野の賃上げ率は全業種の中でも最低水準でした。政府が掲げる5%の賃上げを実現するには、診療報酬を少なくとも11%程度引き上げる必要があるとも言われています。しかし今回の改定は約3%にとどまりました。
ただし、受診控えについて考える際には注意も必要です。
なぜなら日本では軽症者の医療機関受診や不適切な救急車利用、夜間急病センター受診が非常に多いからです。
そのことを示したのがコロナ禍でした。
感染拡大時には夜間急病センターの受診者数が激減しました。軽症者が受診を控えた結果と考えられています。一方で海外では、感染者の増加とともに救急医療機関が対応できないほど患者が殺到しました。
本来目指すべきは、本当に医療を必要とする人が受診しやすく、経済的負担も少なく、なおかつ医療機関も適正な収益を確保できる体制です。
そのためには国民一人ひとりの「セルフメディケーション」の力が重要になります。
どのような症状なら自宅で様子を見て良いのか。市販薬で対応できるのか。それとも医療機関を受診すべきなのか。
本来はこの三段階の判断ができることが望ましいと思います。
そして、この点については我々医療者側にも改善の余地があります。
患者さんが知りたいのは、「病気なのかどうか」だけではありません。
今後どのような経過が予想されるのか、どんな症状が出たら受診すべきなのか、何に注意すれば良いのかを知りたいのです。
病気を自然災害に例えるなら、台風の進路予想と同じです。
台風が来るのか来ないのか。来るならどの程度の被害が予想されるのか。何を準備し、何に注意すべきなのか。
気象庁や気象予報士が情報を発信するように、医療者も患者さんに適切な見通しを伝える必要があります。
患者さんが本当に必要としている情報は何か。
それを意識した診療の積み重ねが、セルフメディケーションを育てることにつながるのではないでしょうか。
これからの医療は、単なる「薄利多売」ではなく、本当に必要な医療を適正な価格で提供する方向へ進むべきだと思います。
そしてそのためには、患者教育という地道な取り組みを、医療者が根気強く続けていかなければならないのでしょう。
院長 小西宏明
2026-06-04 21:32:00
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私が大学を卒業したのは1987年です。あれから39年が経ち、当時生まれた人たちは39歳になります。
一般企業であれば、少なくとも係長、会社の規模によっては課長職に就いている年代でしょう。現場の中心として責任ある立場を担う時期です。
我々医師も同じです。専門医を取得し、自ら診断や治療方針を決定できるようになり、診療の中核を担う年代になります。その一方で、仕事量も責任も急激に増える時期でもあります。
前任の大学病院では、消化器外科教授が医局員に対して「40歳になったら自分のキャリアパスを固めなさい」とよく話していました。
臨床を中心に進むのか、それとも研究の道を選ぶのか。臨床なら大学教授を目指すのか、関連病院の診療科長として活躍するのか。あるいは開業という選択肢もあります。
いずれにしても、40歳という年齢は単に経験を積んだ医師ではなく、自らの人生を主体的に設計する節目なのだと思います。
以前から噂を聞いていたのですが、来年1月に新たなクリニックが開業するそうです。開院予告のホームページを拝見すると、院長先生は1987年生まれとのことでした。
まさに自分の理想とする医療を実現するため、新しい一歩を踏み出されるのでしょう。
私が同じ年齢だった頃は、大学病院に勤務していました。
その頃の忘れられない出来事の一つが「2000年問題」です。
1999年12月31日から2000年1月1日に切り替わる瞬間、コンピュータシステムに不具合が生じ、社会インフラや医療機器に重大な障害が発生するのではないかと世界中が緊張していました。
当時私は心臓血管外科医として診療や手術を行う一方で、病院の医療情報部副部長として情報システムの管理も担当していました。
大晦日の夕方から情報部の職員が病院に集まり、院内各部署の巡回を行いました。病院長をはじめとする幹部も待機していました。
そして午後11時59分。
世間では年越しのカウントダウンが始まる時間ですが、私たちはシステム障害発生に備えるための緊張したカウントダウンを迎えていました。
日付が変わり、1分、2分と経過しても大きな障害は発生しませんでした。
しかし安心はできません。集中治療室、CCU、NICU、手術室、救命救急センターなどを巡回しながら、一つひとつ確認して回りました。
幸い大きなトラブルはなく、2000年1月1日を迎えることができました。今でも鮮明に覚えています。
当時の医師にはタイムカードもありませんでしたし、勤務時間の管理もありません。休日や深夜の出勤手当もありませんでした。
夕食は医局で食べたカップラーメンでした。それでも不満はありませんでした。
病院のため、患者さんのためという責任感だけで動いていましたし、無事を確認して帰宅した時の達成感は格別でした。
帰り際に病院長から掛けられた「ご苦労様でした」の一言も今なお記憶に残っています。
振り返れば、40歳前後という時期は本当に忙しい毎日でした。
しかし不思議なことに、人は忙しく充実していた時期ほど鮮明に覚えているものです。
おそらく90歳になった時にも、今の日々を振り返って「あの頃は忙しかったなあ」と思うのでしょう。
忙しいということは、それだけ真剣に生きているということなのかもしれません。
人生は前へ進んでいるようでいて、振り返ると同じような節目が何度も巡ってきます。
どこか輪廻にも似た感覚があります。
だからこそ、その時々を大切に生きることが大事なのだと思います。
院長 小西宏明
2026-06-03 21:51:54
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日の出が午前4時過ぎとなり、夕方も午後7時過ぎまで明るくなりました。いよいよ今日から昼間の時間は15時間を超えます。
朝早く明るくなるのも嬉しいのですが、それ以上に仕事を終えた後も屋外で過ごしやすいことを有り難く感じます。人間の体内時計は基本的に明るい時間帯に活動するようにできていますから、日が長くなるこの季節は何となく気持ちも前向きになります。
この時期になると、留学していた米国での生活を思い出します。
当時住んでいたピッツバーグでは、夏になると夜9時を過ぎても明るく、日本との違いに驚きました。30年前であっても米国の医師は日本ほど頻繁な残業はなく、多くは午後6時頃には帰宅していました。そこからさらに3時間以上も明るい時間が続くのです。
留学中はゴルフを楽しむ先生方も多く、仕事が終わってからハーフラウンドに出掛けることも珍しくありませんでした。公共のゴルフコースであればプレー代も数ドル程度と手軽でした。
また、よく目にしたのが庭でのバーベキューです。
一戸建て住宅にはフロントヤードとバックヤードがあり、特に裏庭は広々としていました。バーベキューグリルの横では子どもたちがボール遊びをし、家族や友人が集まって食事を楽しむ光景が日常でした。
もちろん主役は牛肉です。米国人にとって牛肉はまさに主食とも言える存在で、スーパーでは上質な肉が驚くほど安価に手に入りました。ただし、一塊があまりにも大きく、一度では食べ切れないのが難点でしたが。
留学してしばらくした頃、大学の秘書から「アメリカの生活には慣れましたか」と声を掛けられました。
続けて「バーベキューはしましたか」「芝生の手入れはしていますか」「リモコン付きのガレージはありますか」と聞かれたことを覚えています。
実は最初の1年間は単身赴任で、大家さん宅の1階を借りて暮らしていました。大家さんは独身の中年男性で、週末になると芝刈りなどを丁寧に行っていました。パートナーの方もよく見かけましたが、お二人とも熊のようにがっしりした体格だったことを今でも鮮明に覚えています。
毎年この季節になると、少しずつ日が長くなることが楽しみであると同時に、米国での生活を懐かしく思い出します。
よく「3歳までに使った言語が思考の基礎になる」とか、「25歳頃までに聴いた音楽が最も記憶に残る」と言われます。人間の脳は成長し、やがて老化していきますが、その過程で強く印象に残る時期があるのでしょう。
私は30歳で留学しました。振り返ると、体力、知力、そして好奇心のいずれも充実していた時期だったと思います。だからこそ、今でも当時の出来事を鮮明に思い出せるのでしょう。
改めて、良い時期に留学することが出来て幸運だったと思います。
そして若い先生方にはいつも伝えたいことがあります。
「今でなければ出来ないことがある」
年齢を重ねるほど、その言葉の重みを実感します。
かつて流行した「いつやるか? 今でしょ!」という言葉は、実は人生の本質を突いた名言なのかもしれません。
院長 小西宏明
2026-06-02 21:43:19
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今日は初診や急患対応が重なり、1日で7通もの紹介状を作成しました。
内訳は、1名が即日入院、3名が翌日の入院予定、残る3名は専門医外来への紹介です。
月曜日は終日外来診療の日であるため、どうしても初診の患者さんをお受けする機会が多くなります。また週末に体調を崩した方の再診も重なります。冬は感染症、暑くなれば脱水症といった季節性の要因もありますが、開業して10年以上が経過すると、かかりつけ患者さんの高齢化が進み、体調が不安定になる方も増えてきます。さらに、がん、循環器疾患、感染症などは年齢とともに発症頻度が高くなります。
本日紹介した患者さんも、80歳代が4名、90歳代が1名でした。
特に急患対応では、診断だけでなく、紹介先病院との連絡や入院ベッドの調整まで行わなければなりません。その間は外来診療を一時中断せざるを得ず、本日も少なくとも2名の患者さんには、他の医療機関の受診をご検討いただくようお願いしました。
もし当院が完全予約制でなければ、待合室はすぐに混雑し、対応しきれなくなるだろうと思います。
実は本日は診療報酬改定後の最初の診療日でもありました。
診療内容は先週までと変わらなくても、算定方法が変更されれば患者さんの自己負担額も変わります。我々医師以上に事務スタッフにとって大変な一日だったはずです。
それにもかかわらず、大きな混乱もなく会計業務が進んでいたのは、数か月前から情報収集を行い、新しい診療報酬制度を勉強し続けてきた成果だと思います。事務スタッフは事務、看護師は看護、それぞれが自分の持ち場をしっかり守ってくれたおかげで、無事に一日を終えることができました。
一方で、仕事を終えて今日一日を振り返ると、地域医療の将来像が少し見えた気がしました。
これからの時代は、小規模なクリニックがそれぞれ独立して存在するだけでは限界があるかもしれません。むしろ複数の診療所が協力し合い、人的資源を有効活用する仕組みが必要になると思います。
地域医療を多数のクリニックという「点」で支えるのではなく、医療モールのような診療所の集合体、あるいは病院と診療所の中間に位置するような「面」で支えていく発想です。
もちろん総合病院のような大規模施設には莫大な維持費が必要です。そのため、単純な大型化が正解とは限りません。
例えば、事務職員や看護師、薬剤師などを共通化しながら、医師ごとに診察室を持ち、それぞれが独立採算で診療を行う形態も考えられます。院内処方を基本とすれば、患者さんの移動負担や薬局利用時の自己負担軽減というメリットも期待できます。
こうした発想は、人口減少と医療従事者不足が進む中で、現実的な選択肢の一つになるかもしれません。
最近の医療政策を見ていると、病床数の適正化、病院と診療所の役割分担の強化、さらには診療所から病院への機能集約などが鮮明になっています。
医療提供体制は今、大きな転換点を迎えています。
今日1日で7通の紹介状を書きながら感じたのは、これからの地域医療は個々の医療機関が競う時代ではなく、互いに補完し合いながら支える時代になるということです。
医療者にとっても患者さんにとっても、その変化を実感する日が少しずつ近づいているように思います。
院長 小西宏明
2026-06-01 21:36:00
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4月9日にNHKの「トリセツショー」で「足のSOS」が放映されました。
内容は、動脈の病気である「足梗塞」と、静脈の病気である「下肢静脈瘤」についてで、それぞれ旭川医科大学心臓血管外科の東教授と、お茶の水血管クリニック院長で日本静脈学会理事の広川先生が出演されていました。
トリセツショーでは、放送内容を簡潔にまとめた家庭保存用パンフレットがホームページに掲載されます。そのため当院でも印刷したものを約2か月間待合室に置いていました。
驚いたことに、毎週準備した5部があっという間になくなるのです。
もちろん放送直後には、「テレビを見て心配になった」という初診の問い合わせもありました。しかし、それ以上にかかりつけ患者さんが興味を持って持ち帰られている印象を受けました。
一方で、厚生労働省や日本医師会、市町村からは健康管理や病気予防に関するパンフレットが定期的に送られてきます。医療機関を通じて配布することを目的としたものですが、こちらはほとんど持ち帰られません。
見た目だけなら、むしろ出来合いのパンフレットの方が立派です。
トリセツショーの資料は、私がパソコンでA4用紙に印刷し、数枚をホチキスで綴じただけです。表紙も白黒ですし、内容も多少のカラー写真や図表がある程度で、決して華やかではありません。
それなのに手に取られる。
何となく、「薬は出来れば飲みたくないし、処方されても飲み忘れるけれど、健康食品なら試してみたい」という人の心理に通じるものを感じました。
その理由を考えてみると、二つの要因が思い浮かびます。
ひとつ目は、「タイトル」です。
「足のSOS」という言葉は端的でインパクトがあります。何だろう、と興味を引きます。
一方、行政や学会のパンフレットは「生活習慣病」「高血圧予防」など、いきなり病名や注意喚起から始まります。どうしてもネガティブな印象があり、「どうせ注意される内容だろう」と思われてしまうのかもしれません。
二つ目は、NHKというブランドです。
当院に通院される年代を考えると、NHKを視聴している方は少なくありません。放送時間も木曜日の夜、ニュースの後という見やすい時間帯です。
さらに石原さとみさんが司会を務め、フクロウのキャラクター「トリンキー」もお馴染みです。内容を聞く前から、「トリセツショーだから面白そうだ」と感じさせる仕組みが出来上がっています。
健康情報は年齢を重ねるほど重要になります。
実際、診療の現場でも新聞や雑誌の切り抜きを持参されたり、テレビ番組の内容について質問されたりすることは珍しくありません。
しかし本来、その患者さんに必要な病気の説明や情報提供は、私達医師や看護師が日々行っているはずです。
では、医療従事者の説明力やプレゼン能力が低いのでしょうか。
もちろん改善の余地はあると思います。しかしそれ以上に、病院や診察室という特殊な環境が影響しているような気がします。
診察室で語られる健康指導は、患者さんにとっては時に「注意されること」や「生活習慣を改めるよう求められること」です。言わば“お叱り”に近い側面もあります。
誰しも病気は避けたいものですが、同時に生活の細かな部分まで指摘されたくはありません。
そう考えると、テレビ番組のように興味を引きながら自然に情報を届ける工夫は大変参考になります。
今回の配布資料への反響は、健康情報の伝え方について改めて考える機会となりました。
限られた診察時間の中で、本当に必要なことをわかりやすく、そして患者さんの心に残るように伝える。
それはまだまだ修行が必要な分野だと感じています。
院長 小西宏明
2026-05-31 22:03:00
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