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遺品整理

遺品整理

昨年亡くなった母の遺品を整理していると
こんな本があったと妹から連絡がありました。


1986年の雑誌の記事です。

羊に人工心臓を植え込む手術中の一枚です。
特集の主役は写真の左端に普段着で立っている”おとっつぁん”です。
町工場の職人、社長さんです。
この方が写真左上の人工心臓を作っていました。
ちなみにその右隣は大学6回生だった私です。

写真中央の先生がこの人工心臓プロジェクトを立ち上げ、
1983年に動物での人工心臓植え込み生存の日本記録を樹立されました。

羊が長期生存するようになったお陰で
我々学生がアルバイトとしてこの実験に参加させて頂ける機会を得たのです。
要するに羊番、シープシッターです。
24時間、365日、1時間おきに血圧や人工心臓駆動状況を記録して
羊に餌をやって、排泄物を処理して、そして創部の消毒や薬の投与などをやりました。

年に数回、写真のような新たな植え込み手術を行っていましたが、
皆、手弁当でした。
獣医学が専門の農学部の先生、流体力学が専門の工学部の教授と修士課程の大学院生、医学部心臓外科の先生、
別の病院の手術室看護師、業者の方、そしてこの主役たる町工場の社長さんです。
医学部の学生は私を含めて5人いました。

先生は米国ユタ大学の人工臓器研究所の所長まで務められてから帰国され、
母校の京都大学で人工心臓開発の研究を始められました。
1980年頃にこれだけ大がかりな動物実験が出来たのは東京大学だけでした。
東大は山羊を使っていました。

その頃すでにユタ大学では1年以上の長期生存を何度も成功させており、
実験棟には人工心臓が植え込まれた牛が常時何頭もいました。
悔しいながら米国では長期生存目的の実験は終了して、
臨床応用に向けた改良が進んでいたのです。

日本ではこれだけ多くの領域を跨いで専門家が集結するプロジェクトは
そんなにありませんでしたし、何よりも予算が限られました。
社長さんも材料費くらいしかもらっておられなかったと思います。
とにかく皆が皆、新しいことに挑戦しようと燃えていました。

今振り返ると、全く見よう見まねと先生からの話だけで
こんな人工心臓を作り上げた職人の技術には頭が下がります。
先生自身も米国では手術や術後管理を担当されていたわけであり、
ポリウレタンの加工をやられたことはなかったはずです。
最初の実験までの道のりを考えると気が遠くなるほどの下準備があったと思います。

「精神一到何事か成らざらん」です。

私は大学3回生から卒業まで実験に参加しました。
20歳代の多感な時期で有形無形の多くのことを学びました。
今になってわかることもあるくらいです。
もう当時の方々は亡くなられたり、定年されたりして第一線は退かれています。
最年少の我々学生でさえ還暦ですから。

何でも良いから志をもって努力をすれば、
例えすぐに成果が得られなくても、
人生の肥やしにはなります。

そこで大切なのは目的と目標です。
どこを到達点とするかの目的を持ち、
それに向けてステップ毎の目標を定めていく。

36年前の写真ですが、
当時と今も人生に向き合う姿勢はぶれていないなと
納得しています。

院長 小西宏明

2022-07-30 20:36:00

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