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40歳という分岐点

40歳という分岐点

私が大学を卒業したのは1987年です。あれから39年が経ち、当時生まれた人たちは39歳になります。

一般企業であれば、少なくとも係長、会社の規模によっては課長職に就いている年代でしょう。現場の中心として責任ある立場を担う時期です。

我々医師も同じです。専門医を取得し、自ら診断や治療方針を決定できるようになり、診療の中核を担う年代になります。その一方で、仕事量も責任も急激に増える時期でもあります。

前任の大学病院では、消化器外科教授が医局員に対して「40歳になったら自分のキャリアパスを固めなさい」とよく話していました。

臨床を中心に進むのか、それとも研究の道を選ぶのか。臨床なら大学教授を目指すのか、関連病院の診療科長として活躍するのか。あるいは開業という選択肢もあります。

いずれにしても、40歳という年齢は単に経験を積んだ医師ではなく、自らの人生を主体的に設計する節目なのだと思います。

以前から噂を聞いていたのですが、来年1月に新たなクリニックが開業するそうです。開院予告のホームページを拝見すると、院長先生は1987年生まれとのことでした。

まさに自分の理想とする医療を実現するため、新しい一歩を踏み出されるのでしょう。

私が同じ年齢だった頃は、大学病院に勤務していました。

その頃の忘れられない出来事の一つが「2000年問題」です。

1999年12月31日から2000年1月1日に切り替わる瞬間、コンピュータシステムに不具合が生じ、社会インフラや医療機器に重大な障害が発生するのではないかと世界中が緊張していました。

当時私は心臓血管外科医として診療や手術を行う一方で、病院の医療情報部副部長として情報システムの管理も担当していました。

大晦日の夕方から情報部の職員が病院に集まり、院内各部署の巡回を行いました。病院長をはじめとする幹部も待機していました。

そして午後11時59分。

世間では年越しのカウントダウンが始まる時間ですが、私たちはシステム障害発生に備えるための緊張したカウントダウンを迎えていました。

日付が変わり、1分、2分と経過しても大きな障害は発生しませんでした。

しかし安心はできません。集中治療室、CCU、NICU、手術室、救命救急センターなどを巡回しながら、一つひとつ確認して回りました。

幸い大きなトラブルはなく、2000年1月1日を迎えることができました。今でも鮮明に覚えています。
 

当時の医師にはタイムカードもありませんでしたし、勤務時間の管理もありません。休日や深夜の出勤手当もありませんでした。

夕食は医局で食べたカップラーメンでした。それでも不満はありませんでした。

病院のため、患者さんのためという責任感だけで動いていましたし、無事を確認して帰宅した時の達成感は格別でした。

帰り際に病院長から掛けられた「ご苦労様でした」の一言も今なお記憶に残っています。
 

振り返れば、40歳前後という時期は本当に忙しい毎日でした。

しかし不思議なことに、人は忙しく充実していた時期ほど鮮明に覚えているものです。

おそらく90歳になった時にも、今の日々を振り返って「あの頃は忙しかったなあ」と思うのでしょう。

忙しいということは、それだけ真剣に生きているということなのかもしれません。

人生は前へ進んでいるようでいて、振り返ると同じような節目が何度も巡ってきます。

どこか輪廻にも似た感覚があります。

だからこそ、その時々を大切に生きることが大事なのだと思います。

院長 小西宏明

2026-06-03 21:51:54

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