スタッフからシャトレーゼの「かりんとう饅頭」を頂戴しました。
黒糖生地で北海道産小豆を使用した餡を包んで蒸し上げ、さらに米油で揚げた、「かりんとうのような饅頭」だそうです。
説明書きには「外はカリッと、中はさくっとしっとり」とあります。
最初の印象は、手に持った時の硬さでした。
「これは、かりんとうなのか、饅頭なのか?」
実際に口に入れてみると、確かに外側は硬く、かりんとうそのものです。
ところが中には柔らかな餡が入っています。
この食感の落差はなかなか新鮮です。
甘さも控えめで、大きさもちょうど良く、食後のお茶請けにもよく合いました。
こうした商品には、ホームページに「口コミ」がたくさん掲載されています。
私と同じような感想を持った方も多い一方で、「硬すぎてお客様には出せない」「歯の悪い高齢者には不向き」といった、やや批判的な意見もありました。
口コミの説明には、「商品に関係のないレビューについては非表示にする場合がある」と明記されています。
ここはユーザー登録をしてからレビューを書く仕組みですから、投稿者がある程度特定される可能性があります。
そのうえで、会社側にも掲載する口コミを選択する権限があるわけです。
これは一見すると安心できる仕組みにも見えますが、別の見方をすれば、会社にとって都合の良い口コミが残りやすいというバイアスも考えられます。
一方、GoogleやAmazon、食べログなどのように、原則として広く誰でも投稿できる仕組みでは、別の問題があります。
無責任な内容、根拠のない批判、誹謗中傷などが投稿され、時には裁判にまで発展することがあります。
つまり、
誰でも自由に書ける口コミにも問題があり、会社側が管理する口コミにも問題がある。
どちらが正しいという単純な話ではありません。
昔から「話半分」と言います。
他人から聞いた話には、誇張や思い込みが含まれていることがあるので、半分くらいに割り引いて聞いた方が良いという教えです。
目の前にいる人から直接聞いた話でさえそうなのですから、ましてネット上の投稿となれば、そもそも誰が書いているのか分からないこともあります。
話半分どころか、さらに割り引いて考えた方が良い場合もあるでしょう。
意図的に事実と異なる投稿をする人もいるでしょうし、動画であれば再生回数や広告収入を優先して、より刺激的な内容にすることもあります。
ところが最近は、匿名性とは逆の問題も出てきました。
**「誰が発信しているのかが分かるからこそ、影響が大きくなる」**という問題です。
今、ある車系YouTuberと自動車ディーラーとのやり取りがネット上で話題になっています。
以前の修理を巡ってディーラー側の対応に問題があり、その後に謝罪に至った経緯が動画で公開されていました。
そして今回、同じディーラーに再び修理を依頼したところ、受け入れを断られたという内容です。
もちろん、修理を依頼した顧客を断ることが適切なのかという問題はあります。
ただ、事業者側の立場から考えると、今回の依頼者は、手続き上は一人の顧客であっても、すでに社会的な発信力を持つYouTuberです。
しかも過去にトラブルがあり、その経緯が動画として公開されている。
そう考えれば、ディーラー側が通常の顧客とは違う慎重さを求められるのも、ある程度理解できます。
ここで難しいのは、「公開してはいけない」と明確に決められている情報だけが秘匿されるべきなのかということです。
「許可があれば公開してよい」
「隠すような内容ではないから公開してよい」
ということと、
「公開しても問題がない」
ということは、必ずしも同じではありません。
情報を発信する側からすれば、事実を伝えているだけなのかもしれません。
しかし、発信された側には、それによって生じる影響があります。
特に現在は、個人でも一度発信すれば、それが瞬時に多数の人へ届きます。
昔なら、ある店で起きた出来事を友人に話す程度だったものが、今では動画一本で全国に広がります。
私が子どもの頃には、学習研究社の学年別月刊誌などに読者投稿欄があり、出版社に手紙を送って自分の意見を伝えることがありました。
アナログ文字による交流です。
その後、メールが普及し、インターネットが登場しました。
そして今は、文字だけではなく動画で情報を発信する時代です。
情報を伝える力は、昔とは比較にならないほど大きくなりました。
その一方で、**「知りたいと思っていなかったことまで知ることができる」**時代にもなりました。
情報量が増えたことは便利ですが、全ての情報を知ることが必ずしも良いとは限りません。
今回のディーラーの対応についても、事業主の立場から考えれば理解できる部分があります。
一方で、顧客側にも言い分があるのでしょう。
どちらが正しいのか、外から見て簡単に判断できる問題ではありません。
ただ、ひとつ言えるのは、「良いことなら何をしても許される」というわけではないということです。
情報発信者と受け取る側、そして発信された当事者。
それぞれの立場によって「ここまでは公開してよい」という境界線が違って当然です。
昔なら、自然と守られていたプライバシーや節度が、情報発信の容易さによって少しずつ薄れているようにも感じます。
だからこそ、情報を受け取る側には「話半分」の姿勢が必要ですし、発信する側には、それ以上の慎重さが必要なのだと思います。
さて、話が随分と広がってしまいました。
肝心のかりんとう饅頭ですが、これは素直にお薦めできます。
外側のカリッとした食感と、内側の柔らかな餡。
口コミには様々な意見がありましたが、少なくとも私にはかなり好みでした。
口コミは参考にする。
しかし、最後は自分の舌で確かめる。
「話半分」とは、疑ってかかるというより、自分自身で確かめる余地を残しておくことなのかもしれません。
また美味しいものを見つけたら、ご紹介したいと思います。
院長 小西宏明
2026-08-28 21:29:00
クリニックブログ
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