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「行けるだろう」が一番危ない

「行けるだろう」が一番危ない

8月は本来、楽しい夏休みの思い出が残る季節のはずです。

ところが今年の8月を振り返ってみると、記憶に残っているのは、毎週のように発生した全国各地の自然災害です。直近ではネパールでも大規模な土石流が発生しました。

日本中、いや世界規模で、いったいどうなってしまったのだろうと思ってしまいます。

地球温暖化がこうした異常気象の一因であることは間違いないのでしょうが、それにしても自然の力は、我々の予想を超えることが常です。

「備えあれば憂いなし」という言葉も、最近ではすっかり日常的に聞くようになりました。

それだけ災害への備えが身近になったとも言えますが、一方では**危険への「慣れ」**が生じているのではないかと思います。

先週木曜日、函館市内もかなりの大雨に見舞われました。

ちょうど湯の川での懇親会から帰宅する途中でした。

漁り火通りには大きな水たまりができている場所があり、対向車がそこを通過すると、跳ね上げた水を正面から浴びることになります。

一瞬、前が見えなくなるほどでした。

また、北海道の幹線道路は、雪解け水を歩道側へ排水するため、道路に緩やかな傾斜がつけられているところがあります。

これが今回の大雨では逆効果になったのでしょう。

西部地区方向へ走る車線の片側が、ほぼ全面的に水に浸かっている場所がありました。

減速しながら、できるだけ中央寄りを走り、場合によっては対向車線側へ少し避けるようにして通過せざるを得ませんでした。

こんな経験は初めてです。

テレビなどでは以前から、「これくらい冠水すると車は走行不能になる」「こういう場所は危険だから近づかない」といった情報を見聞きしています。

ところが、いざ自分が車を運転してその場面に遭遇すると、最初に頭をよぎるのは、

「これくらいなら行けるだろう」

なのです。

減速する、いったん止まる、引き返す。

そう考えるより先に、「このまま行けるのではないか」と考えてしまいます。

つまり、現状を冷静に判断しているつもりでも、そこには大きなバイアスがかかっているのです。

これは災害に限ったことではないと思います。

人間は一度「大丈夫だ」と思い込むと、その判断を修正するのが意外に苦手です。

むしろ最初に何かへ挑戦するよりも、一度決めたことを途中でやめる方が強い意志を必要とするのかもしれません。

「ここまで来たのだから行ってしまおう」

「今までも大丈夫だった」

「他の車も走っている」

こうした考えが、危険な状況から撤退する判断を遅らせます。

自然災害では、「大丈夫」は「大丈夫ではない」ことが珍しくありません。

過信や慢心は御法度です。

それでも、何度も聞いている話ほど、いざという時には行動に結びつかないものです。

だからこそ、節目節目で改めて考え直す必要があるのでしょう。

それにしても、今年8月の災害は異常だったと思います。

「次は函館ではないか」

「いつ自分が被災するかわからない」

そんなことを、さすがに現実味を持って考えるようになりました。

以前経験したブラックアウトのことも思い出します。

現代の避難生活で最も重要なものは何かと考えると、私はスマートフォンと予備のバッテリーではないかと思います。

もちろん食料、飲料水、トイレ、寝る場所なども必要です。

しかし、それらをどこで確保できるのか、避難所が開設されているのか、道路が通れるのか、どこへ避難すればよいのか。

今の時代は、こうした情報がなければ避難生活そのものが始まりません。

そして、その情報を得るためのスマートフォンが使えなければ困ります。

だからこそ、充電手段まで含めて備えておく必要があります。

函館市の医療についても、災害時の対応について一定の申し合わせがあります。

通信手段が遮断された場合には、医師会長などの幹部は、できるだけ早い段階で保健所に詰めることになっています。

保健所長が行政側の窓口となりますので、医師会もそこに集まり、一緒に災害対応に当たるという考え方です。

災害時には、普段どおりの電話やメールが使えるとは限りません。

だからこそ、平時から「何か起きたら、誰がどこへ行くのか」を決めておくことが重要になります。

来月からは、例年であれば秋の災害が増えてくる時期です。

災害そのものを止めることは、我々にはできません。

しかし、被害を少なくすることはできます。

そのために最も簡単な方法の一つが、節目節目で防災について反芻することだと思います。

知識として知っているだけでは十分ではありません。

「もし今、自分の目の前で起きたらどうするか」

そこまで具体的に考えておく。

今回、自分自身が冠水した道路を運転してみて、「行けるだろう」と思ってしまったことも、その一つの教訓でした。

災害への備えとは、非常食や防災用品を揃えることだけではありません。

「大丈夫だろう」と思った時に、一度立ち止まること。

これも立派な防災だと思います。

災害の根っこは、自然の中だけにあるのではありません。

我々自身の中にもあるのだと思います。

院長 小西宏明

2026-08-31 21:04:00

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