先日ご逝去された市立病院副院長のお別れの会が行われ、80名余りの参列者とともに故人を偲びました。享年61歳。次期病院長を期待されていた、とても優秀な先生でした。
私は医師会の理事として、先生と一緒に看護リハビリ学院付属研究センターのリサーチミーティングを立ち上げました。本来なら学院内部で完結すべきものですが、設立の経緯や運営資金の一部を医師会員が拠出していることもあり、医師会として「ダブルチェック」を行う意味合いもありました。
お別れ会では臨床現場での多くの功績が紹介されましたが、私は研究者としての先生の側面にも触れました。大学で研究に従事された経験が、その後の臨床にも生かされていたのでしょう。専門が違うため研究内容の詳細までは存じませんが、リサーチミーティングでは、理論的に物事を考える姿勢を垣間見ることが度々ありました。
また、医師会病院運営委員として病院の厳しい状況を共有する中で、市立病院の診療報酬請求について勉強会を担当させていただいたこともあります。保険者査定を少しでも減らし、病院の収益を確保することが先生の意図でした。
先生は外科医であると同時に、「病院をどう良くするか」「そのための原資をどう確保するか」を常に考えておられたのだと思います。
医師には、患者を診る臨床医としての顔だけではなく、組織の一員として他職種と協調する顔、さらに院外と交渉する顔も必要です。この三つを高いレベルで担える医師は、そう簡単には見つかりません。
治療中も「市立病院に戻りたい」と話されていたそうです。最後には電話で「戻ることは難しくなりました」と幹部に告げ、その2週間後に旅立たれました。
現在、市立病院は診療報酬をめぐる厳しい環境の中でも、病院長の下で黒字運営を続けています。その基礎を下支えしてきたのが、先生だったのでしょう。
まさに「陰の舵取り役」でした。
これからは天国から、大好きだった市立病院の行く末を見守っていただきたいと思います。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。